見出し画像

優先席の微世界先生【毎週ショートショートnote】裏お題

春になり、山あいを走る地方電車の中から、私は外に咲く満開の桜を見ていた。

「そういえば、最近、優先席のおじいちゃん見かけないわね」

「ああ、『優先席の微世界先生』ね」

「微世界先生?」

「いつも優先席で顕微鏡覗いてたおじいちゃんでしょ。微世界先生って呼ばれてたのよ」

「そうなのね。知らなかったわ」

「以前は奥さんと二人で仲良く、鉱物や植物を採取してきて、顕微鏡やルーペで見てたのよね。家に帰るのを待ちきれず、優先席でよく顕微鏡を覗いていたわよ」

「そうだったのね。私は二人でいるのは見たことなかったわ」

「だけど、先月その奥さんが亡くなってね」

「ええっ」

「それからは優先席で、微世界先生ひとりで顕微鏡を覗いてたわよ」

「奥さんのことを思い出してたのかしら」

「そうかもね。だけど、微世界先生自身ももう見かけなくなっちゃったわね」

電車の窓から桜の花びらが入り込んできた。ふと優先席を見ると、桜の花びらが2枚寄り添うように優先席に並んでいた。


(410字)


たらはかに(田原にか)さんの企画に参加させていただきました。

※ちょっとした日常に出てくる切なさをショートショートにしてみました。


*この記事は、以下の企画に参加しております。

サポートお願いいたします!執筆活動費にさせていただきます。