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#美の来歴

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古今の美術作品と歴史のかかわりをたどるエッセイ。図版と資料をたくさん使って過去から未来へ向かう、美の旅へようこそ。
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#ヘミングウェイ

美の来歴㊼  眼差しの孤独、風景の不安  柴崎信三

美の来歴㊼  眼差しの孤独、風景の不安  柴崎信三

エドワード・ホッパーが描いた〈大衆社会〉の米国

 ニューヨークの下町あたりのダイナー、つまり深夜営業のレストランのカウンターが舞台のようである。暗いガラス窓を背にしてソフト帽をかぶった背広の男と紅いドレスを着た茶色の髪の女が、コーヒーカップを前にして座っている。向かいのカウンターの端にやはり帽子をかぶった男が一人いるだけで、他に客はいない。大きなコーヒー・サーバーを置いた卓の内側では白い給仕服の

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美の来歴㊸ ピカソとヘミングウェイの〈移動祝祭日〉       柴崎信三

美の来歴㊸ ピカソとヘミングウェイの〈移動祝祭日〉       柴崎信三

〈ミス・スタイン〉がいたころのパリ

 1903年のはじめ、ガートルード・スタインが兄のレオとともに移り住んだのは、パリのモンパルナスの北端、リュクサンブール公園に近いフルリュス街にある庭の付いたアトリエだった。まだ30歳にもならない女主人のガートルードは米国ペンシルベニアの富裕なユダヤ系の家庭に生まれ、一家で毎年休暇を欧州で過すうちにパリに移住して、美術品の収集のかたわらみずからも作家として小説

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