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行方不明の幼馴染の話 第三話

 本堂で手を合わせてから、社務所に向かう。本日二回目だけど、お寺に来たら必ず手を合わせるようにと、おばあちゃんに言い付けられている。
(ご挨拶は大事だからね。人のおうちにお邪魔する時だって、必ず挨拶するでしょう? 無言で家に入ってきた人がいたら、翔ちゃんだっていい気分ではないよね?)
 その通りだ。幼馴染の家に行く時だって、ごめんください、お邪魔しますって言うし。神様だって仏様だって多分そう、だと思う。

 社務所で、鈴木さんを呼んでもらうよう声を掛けると、奥に案内された。
 社務所に入ってすぐは広い玄関、右手に事務所のようになった場所があり、目の前の廊下を進んだ先にあるいくつかの戸を通り過ぎる。突き当りを左に曲がると廊下の右手が中庭、左は戸を開け放った和室だった。
 和室に案内されると、低い座卓に座布団が配置されていた。周りはがらんと広い。隅にはたくさんの座布団が積まれていたり折り畳みができる座卓が重なっていたりして、大人数が入るような広間だった。
 そのまま座っていると、案内してくれた年配の女の人が冷たい麦茶を運んでくれた。お礼を言って、手持ち無沙汰に待っていると、来た方向から足音が聞こえてきた。

「やあ、来ましたね」
 鈴木さんはそう言うと僕の正面に座った。
「僕に訊きたいことって何でしょうか」
 僕は少し緊張しながら、頭の中でまとめていたことを思い出しながら話す。
「あの、僕の夏休みの自由研究で、地域の昔話や不思議な話を集めようかと思いついたんです」
 鈴木さんは静かに目線で話を促した。
「玉泉寺にも、伝説みたいな白狐のお話がありますよね? 僕はおばあちゃんにいろいろ聞くことがあるけど、学校のクラスメイトのなかには、この地域のことを知らない新しく引っ越してきた子もいるから、そういう話をまとめてみるのも面白いかなって思ったんです」
 そう一気に話して、麦茶を一口飲んだ。
「地域の伝説、ですか。それは面白そうですね」
 そう言った鈴木さんは腕を組み、少し遠くを見るようにした。
「――翔斗くんは、単純な歴史ではなく、不思議な話を集めようとしているのですか?」
 そう問われて、僕ははっとした。
 そうかもしれない。あまり深く考えていなかったけれど、鈴木さんが指摘したことで、僕は『あのこと』を思い出した。あの夏の日のことも。
 鈴木さんは静かな目をして僕をうかがうように見ている。鈴木さんが考えていることも、『あのこと』だとわかった。
 僕は鈴木さんの視線を避けるように顔を伏せた。

「どうかな……そこまで考えてなかったです。集めるのが不思議な話の方が面白そうだと思っただけで」
「そうですか」
「……でも、夏が来るとよく思い出すから、無意識に考えていたのかもしれません。あれも不思議な話だから」
 座卓の木目を目で追いながら、僕は考える。『あのこと』は答えが出る様な話ではないとわかっている。
 でも、何が起こったのか、どうしたらよかったのか、本当は知りたい気持ちがずっとあるのだ。
「翔斗くん」
 呼ばれて僕は顔を上げた。
「この世には、答えの出ないこともありますよ」
 鈴木さんは普段、人懐こい優しい雰囲気だけど、今、目の前の顔は大人らしい厳しい顔をしていた。
「――はい」
「翔斗くんは賢い子だと、僕は思っています。だから引き際もわかっているでしょう」
 鈴木さんは少し考えこむように黙った。
「――自由研究の内容自体は、問題ないと思います。僕の知っている範囲で、この地域の不思議な話をお伝えすることもできます。でも、約束してほしいのですが」
 そう言って少し間を開けた。
「もし何か・・あったら、必ず僕に相談してくれますね?」
 有無を言わせない視線だった。
 はい、と僕は頷いた。『何か』が何に掛かっているか、訊かなくてもわかった。


 僕には、二人の幼馴染がいる。
 出水美天いずみ みそらは同じ学年だけど、早生まれの僕より数ヶ月先に生まれたからか、大人っぽくてちょっと背も高いのが癪だ。美天の家と僕の家は、道を挟んで斜め向かいにある。親が共働きで一人っ子同士だったので、まるで姉弟のように育った。成績優秀な美天は私立の女子校に進学したけれど、目立つ美人なのでいまだに僕の通う中学でも人気らしい。

 もう一人、治久丸悠じくまる はるかは僕と美天の二つ下で、いつも僕たちの後を付いてきていた。公園で遊んでいるといつの間にか居て、家が近いと知ったのはずいぶん後になってからだった。
 悠と学校内で会うことがなかったから、どこの小学校か訊いてみると、家でやることがあるから行ってない、と言った。小学校に行ってなかったんだ。
 悠のやることとは、『家にいる神様のお世話をする』ことだった。
 僕は小さかったので、家でやることがあると小学校に行かなくてもいいなんて、ちょっとうらやましく思ったこともあった。
 もちろん、今はそれがどれだけ変でおかしいことか、わかる。
 悠の家では、『昔から神様を祀って』いて、『家の人はみんなその神様を大切に扱うことで家が栄えて』きた。だから悠も学校よりその『お世話』を優先しなければならない、らしい。
 ドーム型の遊具を家に見立てて、ごっこ遊びをしていた僕たちに混ざって遊ぶようになった悠は、ポツポツとそんな話をしてくれた。悠が遊べるのは、その『お世話』の当番がない、わずかな時間だった。
 僕と美天が小学三年生、悠は七歳くらいだったと思う。
 当時は『宗教』という意味もよくわからなかったから(もちろん今でもよくわからないけれど)、自分とは全く違う家なんだな、と呑気に考えていた。

――今では、悠の住んでいた家はもうない。
 悠という女の子のことを覚えているのも、僕と美天と、鈴木さんだけになってしまった。
 あの夏に悠が消えてしまってから、何もかもなくなって、悠がいた痕跡がなくなってしまった。

<第四話に続く>

#創作大賞2024 #ホラー小説部門

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