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行方不明の幼馴染の話 第九話

 僕たちは、将生と斎藤くん、美天、比呂のスポーツ教室などで『白い少女』の情報を集めて、地図にマッピングして怪異の発生状況を調べていった。
 途中から、アプリ上のマップでは細かすぎて限界だったので、拡大したものを紙に印刷して、ノートと照らし合わせて書き込んでいった。もちろん、宿題である「通常の自由研究」の情報も集めつつの作業だ。一見すると、同じような作りの地図(自由研究の方は古い町の地図)とノートを使っていたので、たとえ誰かに見られてもパッと見はわからないと思う。
 主に見つかったらマズいのはおばあちゃんだったけれど。

――すると、予想していたことではあったけれど、目撃情報のほとんどが僕たち、つまり斎藤くんや僕と美天が住んでいる町内のごく狭い地区で起こっていた。どれだけ広く見積もっても300メートル範囲で怪異は発生しているようだ。
 情報を集めていくうちに、わかってきたことがいくつかあった。
 一つ目は、地図は外側、駅と大通りに近くなるにつれ、怪異の発生も「薄くなる・・・・」。

 例えば、大通りから曲がった先の道で目撃された『白い少女』は、後姿だけだったり、後を付いてきたと思ったらすぐ消えてしまったりした。もちろん、これだけでは怪異か決め手に欠けるけれど、時間帯と背格好で、カウントすることにした。遭遇した子も、聞かれるまでは怪異や異変とは考えていなかった。
 もう一つは、やはりというべきか、玉泉寺の近くでは怪異の目撃情報が全くなかった。玉泉寺は、僕たちの住む町内では駅前から大部分を占めているほど敷地が大きいけれど、怪異の発生はそれをきれいに外れていた。
――そのため、情報を集めるほどこの現象は『怪異』であると、僕たちも再認識したのだった。

「まさかのマジモンのやつだったかーー。予想はしてたーー」
 比呂が腕を組んだまま天を仰いだ。
 本日は比呂の部屋に集合した。比呂のお母さんが用意してくれた手作りのケーキを食べ終えて、僕と美天と将生と比呂は、おもむろにノートと地図を広げて作戦会議をしている。今回は斎藤くんは家の用事でお休みだ。
 なんで比呂の家にしたかというと、比呂の家の周辺は、調べた限り、『白い少女』の目撃情報がなく、比較的安全だと思ったからだった。
 あまり大っぴらに調べることもできず、夏休み日常をこなしつつ、友達の伝手をたどりながら情報を集めていたので、この『白い少女』について調べ始めてなんだかんだと三週間が経とうとしていた。もう八月に入っている。
 それでも、かなり情報を集められたと思う。

「ちょっと整理してみようか」
 僕は広げた地図を前に、ノートを手に取って大まかな経緯をまとめてみる。
「まず、調べた範囲で一番初めに『白い少女』が目撃されたのは、今年に入ってすぐの一月二十日。中二の先輩が冬期講習帰りにマンション前で佇んでいた子供を目撃。通り過ぎて振り返ったらすぐ消えた。場所はここ」
 地図上の発生地点にシールで印が付いている。
 シールで色分けした印は三色。アプリのマップに印を付けていたものを、紙に変更する時に修正した点だ。目撃情報が「薄い」とわかってきたため、大通りに近い場所から100メートル範囲を青、そこからさらに奥へ100メートルを黄、その次を赤に分けてみた。
 一番初めの目撃は黄色の範囲になる。小島さんの家は赤色、斎藤くんの家は黄色の範囲だった。
「そこから、だいたい月に二~三回、多い時で四回の目撃が続いていて、全部で今のところ二十三の目撃と遭遇。ここからわかったことは、」
 僕はそこでいったん言葉を切った。地図の赤い印が集中している場所を指さす。
「多分この地域がホットスポットだということだね」

 それは、住宅街のなかの奥まった場所で、桃田川緑道、通称中野川に近いところにある一角だった。この辺り100メートル範囲に一番怪異が集中している。道も入り組んでいて、住宅、単身者向けアパートや社宅マンション、行き止まりや私道も多い地域だ。
 実は僕と美天の家は、黄色の100メートル範囲の中にあり、いつ怪異に遭遇してもおかしくない地域だった。けれど、幸か不幸かまだ遭遇したことはなかった。
「この赤い範囲、この辺りに、何か『白い少女』に関係するものか場所があるんだろうな」
 将生がつぶやくと、僕は心臓の辺りがぎゅっと反応したのがわかったけれど、素知らぬ顔のまま黙っていた。
 美天は、一瞬僕を見て目を伏せて、また地図を眺めている。
 この赤い印が増えるごとに、もう一つ気が付いたことがあった。でもこれは、僕だけじゃなくて美天もわかったと思う。
――この範囲のほぼ真ん中に、今はない悠の家があった。
 正確には、元・家の敷地に新しく建ったマンションが、だけど。

「……でもさ、これ、結局どうしたらいいんだろうな? 現在進行形でお化けとも何ともいえない怪異がうろついているのは確実だけど、対処も解決方法もわかんねーし」
 比呂がちょっと不安そうに頭を抱えた。
「僕も調べ始めた時は、実際は何らかの勘違いかトリックの可能性もあるかもと思っていたんだけれど。思った以上にホンモノだったみたい……なんかごめん」
 言い出したのは自分だったことを考えると、好奇心で巻き込んでしまった感がある。僕は頭を下げた。
 みんな一瞬キョトンとした。
「なんで謝るの。それを言ったら俺が初めに話を振ったんだろーが」
 将生が拳で僕の肩を小突いた。比呂も美天も慌てて加わる。
「俺だって特に何の気にもせず話乗っちゃったんだし、別にいーよ」
「翔は昔から気を遣いすぎ」
「うん……」
 でも、僕は調べれば調べるほど、これは無意識に自分の知りたかったことに巻き込んだのではないか、という気持ちがぬぐえなくなっていた。

「これさ、僕たちは自分たちの周りの子に聞いたわけだけれど。……疑問に思わない?」
「「何を?」」
 将生と比呂がきれいにハモったのが妙におかしくて、一瞬笑いそうになるのを堪えて咳払いする。
「――これだけ目撃されていて、この地域の大人は全く見た人がいないなんてこと、あるかな?」
 すると二人とも、口をOの形にして驚いた顔をする。――何で二人ともコンビ芸人みたいな反応なんだろ。
 今度こそ堪えきれず、僕は吹き出した。
 そんな僕たちを横目で見て、呆れた顔をした美天は「なにやってるの」とつぶやき、続ける。
「むしろ、夜出歩いてるのは子供より大人の方が多いでしょう? この『白い少女』が、子供にだけ見える可能性もあるけれど、もしかしたら大人にも目撃情報があるんじゃない?」
「その可能性は考えなかったわー」
「……ってことは、もっと調べる必要があるってことか?」
 比呂が感心したように言うと、将生が腕を組んで難しい顔をした。みんな複雑な表情だ。
 これ以上周囲に、特に大人まで広げて聞いて回るとなると、多分親たちにもすぐバレるだろう。そうなれば、調べ続けることも難しくなるのは想像できた。それどころか、変な誤解をされてしまうかもしれない。
「……それなんだけど」

 僕は手を挙げて提案する。
「この話、僕から玉泉寺の鈴木さんに相談してみようと思うんだけど、どうかな?」
 みんな一瞬黙り込んだ。
「あの、若いお坊さんか……」
「うん。……実はずっと考えていたんだ。この話、多分そろそろ僕たちの手には余るというか、解決とかは難しいと思うんだ。現在は、怖い思いをする人はいるけれど、実害までは本当はわからないし、もしかしたらこれから酷くなる可能性もないわけではないと思う」
 将生、比呂、美天と、それぞれ目を合わせて話す。
「それに、調べた限りは玉泉寺と『白い少女』は相性が悪い。……というか怪異が避けているみたいだから、何かの解決法があるかもしれない」
 理由はこれが一番大きかった。
――二人には悠のことは話したことがなかった。将生も比呂も、小学校高学年になって仲良くなった友達だからだ。でも例え昔からの友達であっても、言えなかったと思う。
 ここまで調べてくれた二人に、秘密を持つことは後ろめたいけれど、全部を話してしまうことの方が恐ろしかった。今は、まだ話す勇気がない。
多分『白い少女』は悠の家、もしくは悠に関係がある。というか、『白い少女』が悠の可能性が高かった。

 なぜ四年も前に行方不明になった悠が、今になって出てくるのか、全くわからない。だからこそ、鈴木さんの意見も聞いてみたかった。それに、鈴木さんとの約束も覚えている。まあ、ちょっとは怒られるかもしれないけれど。
「このままむやみに調べを進めると、大人たちにもバレると思う。でも、鈴木さんなら頭から否定する人ではないから、解決方法を考えてくれると思うんだ。まあ、言ってしまえば除霊とか、そんなことができるかはわからないけれど。お寺なら、もしかしたらこの地域の話が入ってきて、もっと色々知っているかもしれないし。
……どうかな?」
 みんなはそれぞれ黙って考えている。
「――ホント、お前謎に鈴木さんと仲いいよな……」
 将生がつぶやいた。そのセリフは前にも聞いた気がして、僕は苦笑いする。将生がそんな僕の顔を見て、頷いた。
「まあ、お前の言うことは一理あると思う。俺は賛成するよ」
「マジモンに対抗する術はないからな。このまま知らんぷりするのもちょっとヤだし、寺なら何とかしてくれるかもだしな」
 と、比呂も首を赤べこみたいに縦に何度も振る。
 美天は無言で頷いた。
「斎藤には、俺から話しておくよ。多分、あいつもそれでいいって言うと思う」
 将生が請け負ってくれたので、僕はありがたく任せることにした。

<第十話へ続く>

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