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行方不明の幼馴染の話 第十話

 鈴木さんに連絡をすると、すぐに時間を調整してくれた。僕は再び玉泉寺で会うことになった。
「――まあ、色々やっているようだと思っていましたが、よくこれだけ集めましたね」
 前回と同じ広間に通された僕は、少し緊張しながら、鈴木さんにこれまでの大まかな話を伝えて、地図とノートを見せた。
 しばらく何も言わず話を聞いていた鈴木さんは、呆れたような感心したような顔をした。ノートを手に取り、書かれている発生状況と場所、地図を見比べる。
「……話はわかりました。これを見る限り、君たちの懸念はあながち間違いではないでしょう。範囲が狭いためか、まだ大事にはなっていませんが、子供たちでさえこれだけ件数があるということは、大人にも影響が出ている可能性が高い」
 鈴木さんは僕を真っ直ぐ見る。その視線に、僕は背筋を伸ばす。

「このことは、まだ広めないでいただきたいですが。実は何人か、人数は多くないですが、檀家の方が相談に来られたことがあります。君たちの言う『白い少女』について。名称は決まっていませんでしたが、似たような発生状況で外見も大体似通っています」
 鈴木さんは腕を組み、難しい顔をした。やっぱり、と僕は思った。
「今の時代はSNSもありますし、他の若い方に拡散されて別の被害が出ることも恐ろしい。ですが、まずはこの状況について寺でも調べて見なくては、と思っていたところです。――子供たちの方が行動が早いものですね」
 僕はちょっと首を竦めた。鈴木さんの視線が痛い。
「このことは、寺で引き取ります。この赤い印の範囲に集中していることも含めて、注意喚起が必要でしょう。まあ、全部を詳らかに方々へ伝えることはできないでしょうけれど。……彼女の元家と敷地のことは、他にも様々な問題があるためすぐにどうこうできるものではないですが、調べて対処を考えてみるよう、住職にも伝えます。
――翔斗くんがきちんと約束を思い出してくれてよかった」
「はい、すいませんでした」
 僕は反射的に謝ってしまった。

 それを聞いた鈴木さんが、ふっと笑った気配がしたので顔を上げる。
「内容の是非はともかく。この資料はよくできています。そこで起こったことについて実際に訪れ話を聞き、記録して検証する。これはフィールドワークというものの基本です。……翔斗くんは、こういうことが好きなんですね」
「……好きというか、初めは自由研究の延長でみんなに手伝ってもらってやっていたので、自然とこの形になったんです。でも、……そうですね。興味のあることを調べたり話を聞いたりするのは、楽しかったです。みんなの怖かった話を集めていたので、いけないことだとは思ったんですが」
 まさか感心されるとは思っていなかったので戸惑いつつ、素直な気持ちを言った。

「地域の話がたくさん載っている本を、図書館で読みました。その土地で色々な人が見聞きした話や伝説は、由来や状況などが少しずつ違っていて面白かった。でも、今はそのたくさんの話を知っている人はほとんどいません。死んでしまったり、資料がなくなってしまえば、どんなことも消えてしまう……。今回、地域の話を探して調べている時に思ったのは、こういうことを残したり、留めたりすることをもっとやっていきたいなって」
 鈴木さんはじっと話を聞くと、目を伏せて小さく「そうですね」と、つぶやいた。その声はずいぶんと優しかった。

「……わかりました。それではこの資料はいったんお預かりして、また進展があったら連絡しますね。悪いようにはしないと、お約束します。なので翔斗くんも他の方も、できるだけこの赤い印の地域に近寄ることはせず、夜遅くに一人で出歩くことは避けてください」
 僕はうなずいた。さすがに将生たちも、これだけ調べておいてそんなことはしようと思わないだろう。

「ただ、申し訳ないのですが、お寺はしばらく忙しい時期に入ってしまいます。夏のお盆期間になってしまうので。翔斗くんの家は七月だったと思いますが、最近は旧盆も増えていまして、僕もすぐには動けそうにありません。そのため、住職にも相談してちょっとしたお守りのようなものを用意しようと思っています。この怪異がお寺を避けていることを考えると、しばらくはそれで持ち堪えられるといいのですが」
「お守り……ですか?」
「はい。――ただ、正体がわからない以上、気休め程度だと思ってください。たとえこの怪異が彼女……悠さんだとしても、今になって出現していることなど、不明な点が多いので」
 鈴木さんは、希望する数のお守りを用意するのに数日かかるため、その間は特に気を付けるようにと、最後に釘を刺した。
 僕は帰りがてら、気になっていたお守りのお金をどうすればいいか聞くと、鈴木さんは「出世払いでお願いします」と笑った。

 鈴木さんとの話の内容は、グループにしたSNSアプリでみんなに連絡した。効くかどうかわからないけれど、お守りをくれるという話は、取りあえずでも安心材料になったみたいだった。
 でも実際は、もっとたくさんの人がこの怪異『白い少女』に遭遇しているので、早く解決方法が見つかるといいのだけれど。

 そう思いながら僕は、また夏休みの日常に戻ることになった。八月に入り、猛暑も日常といっていいほどになっている。
 暑さをやり過ごしながら、午前中に宿題などの勉強をしてお昼を食べ、午後は図書館に行くのが僕の日課だ。
 将生と比呂とは相変わらずゲームで会話するし、夏休みに入って美天に会ってからは、たまに図書館で待ち合わせして勉強するようになった。そして、あれから斎藤くんも部活や塾がない日に合流する時があった。怪談話がきっかけというのも奇妙な縁だけれど、友達になれてよかったと思う。みんなとは、八月の終わりの週に遊びに行く予定を立てていた。普通の中学生らしく。


――その日は、誰とも予定が合わなくて一人で図書館で過ごした後、気分転換に近くの公園に歩いて行った。この公園には、昔から近所の友達と何度も来たことがある。
 外気は熱気と湿気を含み、日差しは強かった。暑さで膨張したような空気のなか、午後の公園は誰の姿も見えない。僕は辛うじてある木陰の下のベンチに座り、持ってきたペットボトルのお茶を飲んでしばらくぼおっと風景を眺める。
(流石にこの暑さのなか、昼間の公園に来るのは愚行かな……)
 風はほとんど通らなかった。単に暑い中、外に出て汗だくになってしまったことを後悔し始めていた。

 ふと、視界の端を何か白いものが横切った気がして、そちらに視線を向けると、暑さで揺らぐ空気のなか、遊具の端に子供がいるのが見えた。
 白っぽい服の、女の子。
(――え)
 瞬きして目を眇めて、よく見ようとしても顔までははっきり見えない。その子供は、ドーム型の遊具の脇に立ち、じっとこちらを見ている。
 ものすごい暑さのなか、僕は首の後ろから急激に汗が吹き出し、心臓がぎゅっとなるのを感じた。

――『白い少女』。
 驚いたことに、それは悠に見えなかった。
 顔色も着物も白く、髪の毛は肩まで。ただ、顔が……。
 僕の中では、『白い少女』は悠だと推測していたのに、背格好は悠とそっくりなのに、僕の知っている悠とは似ても似つかないナニカだった。そのことにショックを受け、じわじわと恐怖が這い上ってくる。
 昼間に遭遇するはずがないのに。
(――悠じゃないなら、アレはなんだ)
 黒々とした視線は、遠い昔に感じたことがある気がして、僕は必死で考えを巡らせていた。視線を逸らせたらどうなるのかもわからず、身じろぎもできない。

「――おい‼」
 いきなり後ろから声を掛けられて、僕は体が飛び上がった。
 反射的に後ろを振り向くと、公園の植込みの向こうに知らないおじいさんが険しい顔でこちらを見ている。
 僕は急に声を掛けられたことに驚いたけれど、ハッとしてもう一度遊具に視線を戻しても、もう『白い少女』は見当たらなかった。
(……消えた?)
 急に緊張が途切れて少し放心していると、さっきのおじいさんが公園内に入ってきて、心配そうに声を掛けてくれた。
「……おい、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「あ、はい。……すいません。帰ります」
 暑さなのか寒気なのか、自分でもよくわからずぼんやりしながら、とにかく帰ろうと立ち上がると、足元がふらついてしまう。
「おい、ちょっと」
 おじいさんが体制を崩した僕を支えてくれた。足元がおぼつかない。

「参ったなこりゃ。ちょっと待ってろ」
 そう言って僕を座らせたおじいさんは、公園の水道でタオルを濡らして持ってくると、僕の額に乗せた。気持ちいい。
 乗せられたタオルの冷たさを感じていると、おじいさんは近くの自動販売機で、冷たいスポーツドリンクを買ってきてくれた。
「ちょっとこれを飲んで。落ち着いたら家まで送っていくから」
 と、隣に座った。
「……すいません」
 もらったスポーツドリンクを一気飲みすると、半分くらいまでなくなった。もう一本買ってくれた水で、首の後ろを冷やすように言われる。
 濡れたタオルとペットボトルの冷たさ、スポーツドリンクのおかげでようやく頭がはっきりしてきた。

「君は、佐伯さんところの子供だろう。こんな暑い中、公園で何をしているんだ」
 おじいさんが話しかけてきた。僕を知っている?
 驚いた僕に、佐伯さんには町内会でお世話になってる、と話す。そうだった。おばあちゃんはこの町に長く住んでいて情報通だし、知り合いも多い。
「佐伯翔斗です。……ちょっと公園へ散歩に来たら、暑さでボーっとしちゃったみたいで。あの、タオルとペットボトル、ありがとうございました。お金払います」
 頭を下げた僕に、おじさんは手を横に振る。
「いい、いい。そんなこと気にするな。私は長峰ながみねといいます。ほら、あそこの家に住んでる」
 そう指さした先は、公園から見える木造の一軒家だった。
「歩けるようなら、ちょっと涼んでいくといい。佐伯さんには連絡しておこう。……ちょっと話もあるし」
 そう言って歩き出した。迷っていると、少し先に立ってこいこい、と手招きする。――ちょっと話って、何だろう。
 その言葉が気になり、付いていくことにした。

<第十一話へ続く>

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