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行方不明の幼馴染の話 第七話

「まどかが言うには、エントランスのガラス扉越しに見た女の子は、汚れた和服を着ていたみたいに見えたって。動揺してて、顔なんかはあまり細かく覚えていないらしいけど」
 話し終えた美天は、アイスティーをまた飲んで、ストローを回しながら続ける。
「まどかも、あまり怖い話が好きじゃないから、しばらく誰にも話せなかったみたい。……この前、杉元たちが話しているのを聞いて、ようやく話す気になったって言ってた。塾はお母さんに迎えに来てもらうようにしてて、帰るのはたまに私も付き合ってたの。……でも嘘をつくような子じゃないから」
 と付け加えた。
「うん、それは心配してないよ。――まどかさんもかなり怖い思いをしたみたいだね。話してくれてありがとうって伝えておいて」
 美天はホッとしたような顔で頷いた。
「ちなみに、見たのは家の近くだったみたいだけど、見たのはその一度きりなのかな?」
「うん、それからしばらくは、まどかも周囲を気にしてたみたい。でも、それ以外は特に話してないからそれきりだと思う」
 思い出すように宙を見つめて美天は言った。
「そう……」
 僕たちはそれぞれ、二人の体験を聞いてちょっと考え込んだ。

「――なんか、ますます怪談めいてきたな」
 昨晩聞いた時には面白がっていた比呂も、ちょっと顔をしかめている。二人から話を聞いてみると、単純な怪談とも、どことなく違う気がするけれど、まだこの違和感をうまく説明できない。
「一応、斎藤くんから聞いた話と、美天の友達の小島さんの話、両方まとめてみるね。何か違っていたら教えて」
 斎藤くんと美天は頷いた。
 僕は真新しいノートを取り出して、聞いた話のメモを書き込んでいく。
「この怪異、通称『白い少女』は、おおよそ六~八歳くらいに見える。女の子。白い服装は多分着物か浴衣か。目撃されている時間は、夕方以降。これは、目撃しているのが中学生だけだから、確かなことは言えないと思う。今のところ、直接何かをするという話ではないみたい。急に現れて、しばらく経つと消える。一度きりで終わる怪異っぽい」
 話を聞いた限りでは、まだ何故現れるのか、タイミングや理由がわからない。空いている箇所に、『目的は?』と書き込んで二重線を引く。
「春先から出現していて、もしかしたら継続中かも?」
 斎藤くんから聞いた日付も記入した。小島さんはゴールデンウイークだと言っていたから、五月上旬だ。こちらも書く。

 僕は手を止めて、将生と比呂に伝えた。
「もしできたら、他の人の『白い少女』遭遇時期と場所、おおよその状況が知りたいんだ。将生と比呂、それぞれ塾とスポーツ教室で、ちょっと聞いてみてもらえる?」
「わかった。できるだけ塾の他のクラスにも聞いてみるわ」
「俺は『白い少女』を目撃した奴がいるか、ってところからだな」
 将生も比呂も親指を立てて『了解』の合図をくれた。斎藤くんはおずおずと手を挙げて「僕も杉元くんを手伝うよ」と言ってくれた。
 将生より、話題に上っていない比呂の方が難しいかもしれないけど、それもまた情報だ。
「――あと、まだ怪異は継続していると思うんだよね。だから、これはみんなに言えると思うけど、夕方以降はあまり一人で住宅街を歩かない方がいいかも。……なんか、先生からの変質者への注意喚起っぽいけど」
 僕がそう言うと、その場にいた全員が苦笑いした。
 なんせ、今は夏休みなのだ。
 
 家の方向は、将生と比呂、斎藤くんと美天と僕が同じだった。十八時半を過ぎ、僕たちは解散することにした。
 時間はそれほど遅くなかったけれど、『白い少女』の目撃時間範囲であることは確かだ。遭遇条件がわからないが、取りあえずは単独にならないよう、帰りは近いメンバーで帰宅することにする。
斎藤くんがスマホを持っていることがわかったので、全員と電話番号、アプリのアカウントを交換する。何かわかれば連絡すると言ってくれた。
 三人で帰る道のりで、僕たちは他愛のない話をした。斎藤くんは恐る恐る僕と美天の関係を訊いてきたので、(ちょっと慌てて)近所の幼馴染だということをきちんと話した。危なかった。確かに、ファミレスの一連の行動は謎すぎる。元カノか何かだと思われていたのかもしれない。
 斎藤くんには年の離れた妹がいて、家はすぐ隣の町で、僕と美天の家と意外と近いことがわかった。斎藤くんは小学校から私立だったので、ほぼ接点がなかったけど、もしかしたら夏祭りなどではよくすれ違っていたかもしれないね、と笑い合う。

 斎藤くんを家先まで送り届けて、僕と美天は自分たちの家の方に向かった。距離は十分もかからないくらい近かった。念のため、斎藤くんが『白い少女』と遭遇した場所を避けて歩くことにする。
――斎藤くんと別れると、美天と僕は一転してしばらく無言になった。二人で歩くのは、中学に入ってからほとんど会うことさえなくなっていたので実に半年ぶりくらいだ。
 気まずいような恥ずかしいような不思議な気分で居心地が悪い。
すると、美天が立ち止まった。どうしたのかと思って振り向くと、うつむいた美天が小さな声で訊く。
「――急に来たから、しょう、怒ってるでしょ?」
「え? いや、別に怒ってないけど……」
「けど?」
「……なんでだろうとは思ったよ。だって、美天、怖い話苦手じゃない?」
「苦手だよ」
 ちょっと怒ったように食い気味に言う美天に、僕は思わず笑った。しょう、と呼ばれるのも久しぶりだった。

「まどかからあの話を聞いた時は、実はちょっと半信半疑だったけど、杉元たちが似たような子供を見た話をしていて、そんな怪談話みたいなのが自分の住んでいる町で何度も起こるなんて変だと思って。……そうしたら翔の話も出てきたから」
 美天が顔を上げて僕を真っ直ぐ見た。
「翔、なんか危ないことをしようとしてないよね?」
 僕はびっくりして尋ねた。
「危ないこと? 何で?」
「だって、怪談話について調べるなんて……。翔らしくないよ。何で急にそんなことしようと思ったの?」
 美天が心配そうに言う。将生は僕が調べようと思った経緯を、あまり伝えてなかったのかな。
 そう思って、自由研究が発端だということを、また歩き出しながら大まかに話した。

「――そんな感じで、地域の不思議な話や伝説なんかをまとめようと思って、その一環みたいな感じで調べることにしたんだよ。ちなみにお寺のことは、鈴木さんにも聞いたりしてるよ」
「……不思議な話が好きなの?」
「好きっていうか……興味があるっていうか。僕はおばあちゃんから昔話をいろいろ聞くことはあるけど、おばあちゃんだって知らないことはいっぱいあると思うんだ。図書館で探した資料に、石像とか神社とか、いままで通り過ぎていたものにも由来があって。でも忘れられたり、なくなったりしているものがたくさんあるって気がついた」
「……そうなんだ」
「不思議な話に惹かれてるっていうのはあるかもしれないけど、その背景とか理由とか、調べているのも好きなのかも。歴史とか文化とか、前から好きだったから」
 久しぶりにたくさん自分の話をする僕に、美天は呆れた顔をした後、クスッと笑う。
「翔は昔から、本や調べもの好きだったもんね」
「うん……」
 なんだか急に照れ臭くなってくる。でも、ようやく普通に話せるようになったことに、僕は内心ホッとしてた。
 そんな風に夢中で話していたら、もう家は目の前だった。

「……じゃあさ、私も手伝っていい? さっき言ったけど、先輩に話を聞いてみるだけじゃなくて、『白い少女』について調べるの、私も手伝いたい」
 家の前で立ち止まると、美天はそう切り出す。
「……僕はいいけど。美天こそ、怖い話が苦手なのに、いいの?」
 今回、一番不思議だったのは、美天が何でそんなにこの怪談話を気にするか、だった。
 僕はつい、おどけた調子で訊いてみた。
「もしかして、監視役のつもり?」
「翔は、興味あるものを見つけるとちょっと周りが見えないことがあるから、本当に心配してるの!」
 美天はムッとした顔で言い返してきた。そういえば美天は、同い年なのに僕に対してちょっと過保護っぽいところがある。心配性というか。
 でも、興味があるものに猪突猛進気味なところは、確かにあるから素直に謝った。
「それは、ごめん」
「それに……」
 美天は、ちょっと言い淀んで、小さい声でこう付け加えた。
――悠のこともあるから。
 僕は一瞬顔が強張ったのがわかった。思わず美天と目を合わせてしまう。
 僕と美天の間にある、本当のわだかまり。いつもは目を逸らせていた「あのこと」について、言っているのだ。
 あの日の声が、ふと蘇る。『しょう君、私ね……』
――それはまるで、だまし絵みたいで、ある角度からは見えないのに、少し意識を変えると僕と美天の間に現れる「もの」だった。
「――大丈夫、あの時みたいな無茶はしないから」
 あえて笑顔で言って、自分の家の方に体の向きを変えた。この話はこれでお終いにしたかった。
「じゃあ、また連絡するね。美天も話が訊けたら教えて」
 そう言って手を振って別れた。
 美天も手を振り返してたけれど、どんな顔をしていたか見ることはできなかった。

<第八話へ続く>

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