【創作】短説#1 ひかりのさきの

 僕は夢を見る。
 その階段の上には光があった。その光は四角く切り取られて、僕の顔も切り取った。
 「誰?」
 光の次に音も降る。僕は答えないまま、階段をのぼる。
 ぎぎい、ぎぎい。軋む板。そこになにがあるのか、そこにいるのは誰なのか、気になって足を進める。なのに。
 「いつもそこで目が覚めるんだ」
 僕は柵に頬をおしつけ、隣の親友にぼやく。
 「昔から何度もみる夢なんだ、なのに一度も辿り着けない」
 「そうして気にするから、起きちゃうんじゃないの」親友はけらけら笑いながら小石を投げる。川面にぽちゃん、と波紋が広がる。
 「知りたい!って思うと脳が頑張る。そりゃあ起きるよ」
 「…そういうもんかなあ」
 川の煌めき。それを目に焼き付けることに、しばらくは集中していた。
 「夢の先の展開を知りたいなら、「知りたい」と思わないことだよ」
 親友はにかっと笑った。
 そのうしろには、光。数多雫がおりなす、反射、反射、反射。
 彼のまばゆい笑顔の数日後、僕は彼の葬式に出ることになる。
 彼とは幼稚園からの長い付き合いだったが、自分も知る共通の友人は誰もここにはいなかった。
 葬式では涙が出なかったが、その晩布団に入り目を閉じたときに、ふいに鼻の奥がつんとし嗚咽が漏れた。
 僕はそのまま、夢を見る。
 階段の上には光があった。その光は四角く切り取られて、僕の顔も切り取った。
 「誰?」
 光の次に音も降る。ああ、そうか。僕は黙って階段をのぼる。
 ぎぎい、ぎぎい。軋む板。僕の脳はもう頑張らない。だって知りたいとは思わないから。もう答えは、わかっているから。
 僕は階段を登り切る。四角い光の中へ、あがる。そこにいたのは、彼。もっとも数日前に言葉をかわしたときの姿ではなく、九十年前の、初めて会ったときの、幼い親友。
 「なんだ君か。じゃあ、いこう」
 僕はもう二度と、醒めることはない。

〈了〉

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