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『孟子』07―梁恵王上―孟子と斉の宣王の対話(1)牛を哀れむ〈3〉

◆音声で聴きたい方はこちら↑

宣王は言った。

「しないことと、出来ないこととは、何が違うのかね。」

孟子が言った。

「太山を脇の下に挟んで北海を飛び越えようとしたとします。
そして人にこう語ります。
〈私には、できそうにない。〉
それは、そのとおりで、実際にできるはずがありません。
ですが、老人のために枝を折ろうとしたとします。
そして人にこう語ります。
〈私には、できそうにない。〉
これは、ただしようとしないだけであり、できないことではありません。

ですから、王が王者でないのは、太山を脇に挟んで北海を超えようとしているような、突飛な話だからではないのです。
王が王者でないのは、枝を折るような話にすぎません。

身内の老人を老人として大切にし、他人の老人に及ぼしていくのです。
身内の幼子を幼子として大切にし、他人の幼子に及ぼしていくのです。
こうすれば、天下を手の上で転がすことができるでしょう。
『詩経』に、以下のような詩があります。

〈妻に手本を示して、兄弟を感化し、国家を治めた。〉

この詩は、自分の心をおしひろげ、天下に広めた、というだけの話です。
ですから、恩恵を押し広めていけば天下を安んじることができますし、恩恵を押し広めなければ家族すら保てなくなるでしょう。
古の支配者が、傑出した人物ばかりである理由は、他でもなく、自身の普段の行いを推し進めた結果に過ぎないのです。
今、王は、恩恵を禽獣にまで及ぼすことができました。
しかしながら、その影響が庶民に達しないのは、一体どうしたことでしょう。

ものごとは、まず重さを量り、その後で、軽さや重さを知ることが出来ます。
ものごとは、まず長さを計り、その後で、長さや短さを知ることが出来ます。
これは、あらゆる事柄に通じることです。
心は、さらに厳密に測らねばなりません。
王よ、どうか王ご自身の心を測り続けてください。

*以上、『孟子』07―梁恵王上―孟子と斉の宣王の対話(1)牛を哀れむ〈3〉

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【原文】
曰、「不為者與不能者之形何以異。」曰、「挾太山以超北海、語人曰〈我不能〉、是誠不能也。為長者折枝、語人曰〈我不能〉、是不為也、非不能也。故王之不王、非挾太山以超北海之類也。王之不王、是折枝之類也。老吾老、以及人之老。幼吾幼、以及人之幼。天下可運於掌。『詩』云、〈刑于寡妻、至于兄弟、以御于家邦。〉言舉斯心加諸彼而已。故推恩足以保四海、不推恩無以保妻子。古之人所以大過人者無他焉、善推其所為而已矣。今恩足以及禽獸、而功不至於百姓者、獨何與。權、然後知輕重。度、然後知長短。物皆然、心為甚。王請度之。」

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*ヘッダー画像:Wikipedia「孟子」

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