見出し画像

『孟子』85滕文公下―孟子と公都子の対話 理屈っぽいわけ〈4〉聖人の継承者

*前回の孟子の言葉はさらにつづきます。

…。
むかし、禹(う)が洪水を抑えたことで、天下は平穏になった。
そして、周公(しゅうこう)が夷狄を併合し、猛獣を駆逐たことで、あらゆる人々に安寧がもたらされた。

それから、孔子が『春秋(しゅんじゅう)』を編纂したことで、国を乱す臣下や父を殺すような子どもは、恐れを知るようになった。

『詩経』には、周公の言葉がのこされている。
〈西戎や北狄は打ち払い、南の荊舒(けいじょ)は懲らしめねば。
だから、私に抵抗しようとする者はいなくなった。〉

ということは、父をないがしろにし、君主をないがしろにする、そんな者は周公に打ち払われるような者なのだ。

私は、人々の心を正し、邪説を食い止め、偏ったふるまいを防ぎ、くだらない言説を追いやりことで、三人の聖人のおこないを受け継ぐのだ。

どうして、私が理屈を好むというのか。
私だってやむを得ないのだ。
それに、うまく言論をつかって、楊朱や墨翟を阻止することができれば、それが、聖人に仲間いりするということになるのだ。」

*以上、『孟子』85滕文公下―孟子と公都子の対話 理屈っぽいわけ〈4〉聖人の継承者

【原文】
「昔者禹抑洪水而天下平、周公兼夷狄驅猛獸而百姓寧、孔子成『春秋』而亂臣賊子懼。『詩』云、〈戎狄是膺、荊舒是懲、則莫我敢承。〉無父無君、是周公所膺也。我亦欲正人心、息邪說、距詖行、放淫辭、以承三聖者。豈好辯哉。予不得已也。能言距楊墨者、聖人之徒也。」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?