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『孟子』10―梁恵王下―孟子と斉の宣王の対話(4)烈火の如く怒る

斉の宣王は質問して言った。

「隣国との外交で、何かコツはありますか。」

孟子は答えて言った。

「あります。
ただ仁者のみが、大国であっても、小国に礼儀正しく接することができます。
ですから、殷の湯王(とうおう)は、隣国の葛伯(かつはく)の国にも礼儀正しく接し、周の文王(ぶんおう)は、夷狄の昆夷(こんい)という部族にも礼儀正しく接しました。

ただ智者のみが小国であっても大国に礼儀正しく接することができます。
ですから、周の大王(だいおう)は、強力な夷狄であった獯鬻(くんいく)にも礼儀正しく接し、越王の句踐(こうせん)は、強国であった呉にも礼儀正しく接したのです。

大国であっても、小国に礼儀正しく接する者は、天のことわりを楽しむ者です。小国であっても、大国に礼儀正しく接する者は、天に畏敬の念をいだく者です。
天のことわりを楽しむ者は、天下を保ち、天に畏敬の念をいだく者は、国家を保つことができます。

『詩経』には、このように記されております。
〈天の権威を畏れうやまう、こうして国家を保つのだ。〉」

宣王は言った。

「なんと、偉大なる言葉ではないか。ですが、私にはクセがあります。私はむしろ隣国との外交では、勇敢さを好むのです。」

孟子は答えて言った。

「王よ、どうか小さな勇気を好まれないでください。
なにかにつけて剣をとり、睨みつけて、
〈お前らがオレに敵うはずがないだろう。〉
などと喚き散らす。
これは匹夫の勇と言って、一人を相手にするだけの勇です。
王よ、どうか大いなる勇気を好まれよ。

『詩経』に詠われています。
〈文王が燃え盛るように怒ると、ここに軍を整え、莒(きょ)の国に侵略する密(みつ)の国を防ぎ、周の幸福を篤くし、天下の希望に応えた。〉

これが、周の文王の勇敢さです。文王は、ひとたび怒れば天下の民を安んじたのです。 
さらに『尚書』には、武王(ぶおう)の言葉がのこされています。
〈天が民をこの地に下し、民のために君主を作り、民のために導く師を作った。天はかく言われた。上帝を助け、この天の寵愛を受けたものとして、その権威を四方に示せと。罪が有ろうと罪が無かろうと、全ては我が責任、天下に生きる者たちは、どうして自身の使命を超えることができようか。〉

この言葉にしたがい、一人でも天下で横暴をはたらく者がいれば、武王はこれを恥じました。
これが武王の勇です。そして、武王もまた、ひとたび怒れば天下の民を安んじたのです。
今、王もまたひとたび怒り、天下の民を安んじたならば、民はむしろ王が勇敢さを嫌うことがないようにと、心配することでしょう。」

*以上、『孟子』10―梁恵王下―孟子と斉の宣王の対話(4)烈火の如く怒る

【原文】
齊宣王問曰。「交鄰國有道乎。」孟子對曰。「有。惟仁者為能以大事小、是故湯事葛、文王事昆夷。惟智者為能以小事大、故大王事獯鬻、句踐事吳。以大事小者、樂天者也。以小事大者、畏天者也。樂天者保天下、畏天者保其國。『詩』云。〈畏天之威、于時保之。〉」王曰。「大哉言矣。寡人有疾、寡人好勇。」對曰。「王請無好小勇。夫撫劍疾視曰、〈彼惡敢當我哉〉。此匹夫之勇、敵一人者也。王請大之。『詩』云。〈王赫斯怒、爰整其旅、以遏徂莒、以篤周祜、以對于天下。〉此文王之勇也。文王一怒而安天下之民。『書』曰。〈天降下民、作之君、作之師。惟曰其助上帝、寵之四方。有罪無罪、惟我在、天下曷敢有越厥志。〉一人衡行於天下、武王恥之。此武王之勇也。而武王亦一怒而安天下之民。今王亦一怒而安天下之民、民惟恐王之不好勇也。」

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*ヘッダー画像:Wikipedia「孟子」

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