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第26回 コロナ禍対策にみる中途半端な施策の悲劇 -乖離する実態労働と法政策-

1.決断できない政府のお粗末さ
 ついに、首都圏において2度目となる緊急事態宣言が出された。遅きに失しているという点もさることながら、その内容の中途半端さには驚かされた。午後8時までの時短営業、学校等への一斉休校は要請しない等、未だ問題の深刻さを理解していないと考えざるを得ないものである。アメリカやヨーロッパ諸国の状況を見れば、市中感染が起こっていることは明らかであり、人の動きがある限り感染は収まらないであろう。本気でオリンピックを開催する気があるのであれば、経済の停滞などを恐れることなく徹底した対策を取るしかないと思うが、関係者の利害調整を優先すると、こうしたメリハリを欠く対応になってしまうのであろう。

2.専門家委員会の実態
 この度のコロナ禍に対する政策決定プロセスを見ると、日本の政治家の無能さのみならず、官僚や学者など、決定プロセスに関わる関係者の問題点が改めて鮮明になったように思われる。コロナの専門家会議の進め方についての情報は有しないが、一般的に役所における会議は、トップないしは行政上層部の考え方を反映した原案が作成され、当該原案に賛同もしくは修正程度の意見を言ってくれる専門家が招集される。原案そのものを批判するような専門家は、関係団体の不満のはけ口としてやむを得ないような場合を除き排除され、仮に一人入れざるを得ない場合にも、その意見が有力にならないよう他の委員に対して事前に個別レクチャーがなされる。コロナの専門家会議の尾身会長の答弁を聞いていると、政府および役所の原案に押され、苦渋の決断をされているのではないかとの雰囲気がにじみ出ており、その意味では専門家会議の委員は誠実な議論をされているのではないかと想像される。しかし、本来、専門家とは、正確な知識やビジョンのない政治家や官僚の判断を超える意見を述べることができるから存在意義があるわけで、その意味では、苦渋の決断であったとしても、結果に対しては責任を負わなければならない。医療崩壊の防御か、経済活動の継続かという二者択一の選択において、前者を優先せざるを得ないことは論理的に明らかだが、私権侵害や手続き違反、さらには経済活動の停滞による倒産の増加といった、医学の専門以外の要素を強調されると、妥協した結論に至らざるを得なくなるのであろう。官僚が作成する原案は、トップの意向と世論の動向を気にしながら、関係省庁との合意を模索することになるため、一貫性を欠くものとなりやすい。

3.「アベノマスク」に象徴される権力への迎合
 コロナ禍の政策決定において明らかとなったもう一つの問題点は、政権の影響力が強すぎると、政策決定プロセスにおける抑止機能が働かず、感覚的な政策が独り歩きしてしまうという点である。その典型となる出来事が、「アベノマスク」である。おそらく多くの国民が苦笑したであろう同施策は、元首相の周辺で闊歩していたお抱え官僚の提案であったとされている。間接的ではあるものの、政府の政策決定プロセスを垣間見てきた私には、「アベノマスク」が提案された事実そのものよりも、同施策を無批判に素通りさせてしまった関係省庁の官僚らに唖然とした。ほとんどの国民が馬鹿げていると感じた「アベノマスク」が実現に至ってしまった背景には、官邸サイドからの提案には反論できない空気が蔓延していたか、官僚が社会常識を失ってしまっているかのいずれかであると思うが、私見では、前者8割、後者2割ぐらいで、両方の理由があるものと感じている。

4.効果を期待できない「働き方改革関連法」
 今となっては、「アベノマスク」などはどうでもよいことであるが、実は、安倍政権下で成立した法の中には、社会の実態を十分に理解することなく、拙速に実現に至ったしまったと評価すべきものが少なくない。背景には、首相が様々なスキャンダルにまみれる中、お抱え官僚が、世論の支持を得るために耳障りの良い施策を次々と繰り出したためであるとみている。社会の実態把握が不十分であり、また、問題点に係る議論も尽くされていないため、実効性が薄いばかりか、反作用しかねないものがある。労働政策についていえば、労働時間の短縮、働き方改革関連法、及び副業・兼業推進政策などが挙げられる。
 労働時間短縮についていえば、未だ過労死は減らず、労働を原因とする精神障害者も増大傾向にあるという実態を加味すると、それ自体に意義があることは間違いない。しかし、労働者全体の年間総実労働時間についてみると、近年はほぼ下げ止まっており、もし、さらにこれを引き下げたいと目論むのであれば、60時間という時間外労働時間の許容目安は無意味であり、仮に長時間労働を行う一部の人を減らすことが目的であるというのであれば、時間外労働手当率の引き上げなどではなく、より強固な罰則をセットにするしかない。年次有給休暇の取得促進についても、使用者に年5日の付与義務を課すなどとしたが、年休の目的や法的性質からみて妥当であるかは疑問であり、そもそも年休取得が進まない職場の実情を分かっているとは思えない施策である。

5.実現不可能なことは厚労省が一番知っている
 その他の「働き方改革」関連法案等についても、日本の雇用実態を考慮していないという問題点がある。産休・育休の期間拡張や要件緩和をしても、男性が取得しにくいことは歴然としており、取得可能となる日数をいかに拡張しても、義務付けでない限り、実際の取得につながるとは考えにくい。また、同一労働同一賃金の原則をいかに提唱しても、すでに4割にも達してしまっている非正規雇用労働者の実態に鑑みると、処遇を同一化することは困難であり、むしろ同原則の適用を避けるために補助労働しかさせてもらえなくなるといった弊害の方が大きくなる可能性が高い。さらに、以前述べた通り、二重就労者の労働時間合算は、第2就労先では、委託や請負など雇用ではない形で就労させるという方策を進める結果になるものと予想される。
 こうした施策が絵に描いた餅になる可能性が高いことは、厚生労働省の職員は十分に分かっているのではなかろうか。厚生労働省においても、手当が出る時間外労働時間数には上限があり、仕事が終わらない場合にはサービス残業となることが常態化しており、また、ただでさえ人員が足りていない中、男性が育児休業を申請しようとすれば白い目で見られることは必至である。役所内の非常勤職員の能力が高いことを理解していても、判断を要するような仕事はさせてもらえず、同一労働同一賃金の原則が法定化されたことで、非常勤職員の業務内容はますます限定される方向になるであろう。

6.予想される立法者の弁明
 こうした批判に対しては、おそらく、2つの反論が出てくるものと思われる。第1に、一部に弊害が生じたとしても、そうした変革を実現できる企業も存在するであろうし、そもそも法が定めた以上、「できない」とは言えないものである。できなければ罰則を強化する等、実効性を担保する方法を考えるべきであり、あるべき方向に法がシフトしたこと自体について批判する論拠とはなり得ない。さらに、仮にすぐには実行できない場合にも、世論を誘導することで社会全体の意識の変革を導く意義がある。第2に、仕事と私生活との両立という最重要と言える現在の社会的課題について、法ができることは、その道筋を示すことであり、「できない」と言い出したら何も変わらなくなってしまう。そもそもほかに代替できる方法があるのか。

7.本気で労働のあり方を変革すべき
 できることからやっていくべきという考え方を否定するつもりはない。しかし、一連の働き方改革法等は、おおむね5年ごとに回ってくる労働法制の改革期に、上記政権の思惑が重なってパッチワーク的に実現されたものであるにすぎず、その先にビジョンがあるわけではない。例えば、昭和60年に制定された男女雇用機会均等法は、当初一定の差異が生じることを理解しながら、国民の意識向上とともに法規制を強化するという戦略があった。少子化や働き過ぎに対する批判が高まる中、とにかく改革を提示しなければならないとして急ごしらえされた法は、法律家から見れば一貫性を欠き、複雑怪奇であり、さらには穴だらけである。
 もし、政治家や官僚に覚悟があれば、労働時間規制については、時間外労働時間は緊急時以外60時間を超えてはならず、超えた場合には厳しい罰則を科すこととし、また、労働者からの通報の促進と通報者保護を明確に規定するという方法があろう。年次有給休暇の取得を徹底するために、取得できなかった休暇日数については、数倍の賃金を払わなければならない等、取得させなければ使用者が大きな不利益を被るといった制度構成にする。同一労働同一賃金は、本来業務が同一である限り同一賃金(賞与、退職金を含む)であるべきことを徹底する。育児休暇については、スウェーデンなどの先進諸国の例に倣って、強制的に取得すべきとされるパパ・ママ休暇を法定化する。
 少子化で国の存亡自体が危ういと予想される日本の将来を本当に憂えるのであれば、本気で社会変革をしなければならないはずである。おそらく、急激な改革をすれば倒産する企業が続出するなどといった批判が出るであろうが、コロナ禍により経済停滞が1年あまり続く未曾有の災害が続く現在でも、未だ大企業が倒産したというニュースは出ておらず、的外れの批判となることは明白である。さらに、労働者として雇われなくなるという批判があるとすれば、前回述べた如く、労務供給契約についての民法規程を変えればよい。
 新年早々、馬鹿げた議論を吹きかけるようであるが、コロナ禍の経験は、中途半端な社会政策は社会自体を壊してしまう可能性があることを教えてくれているとはいえないだろうか。

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職場の実態を知り尽くした筆者による労務問題に携わる専門家向けのマガジンである。新法の解釈やトラブルの解決策など、実務に役立つ情報を提供するとともに、人材育成や危機管理についても斬新な提案を行っていく。

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