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第2回:見えない状況:原因はどこに? -状況把握のための役割分担を決める-

紅葉山FCは毎週木曜日の夜に市営グラウンドで練習していますが、市から唐突に、グラウンドの利用を自粛するようにとの連絡を受けました。原因はグラウンドの近隣住民からの苦情のようですが、メンバーには心当たりがありません。一方で2カ月後には県のサッカー協会の公式戦が控えているので、早急に事態を収拾しなければならないのですが......。

4月3日(金曜日)に紅葉山FCで渉外を担当している近藤が、市役所で市営グラウンドの運営を担当している、スポーツ推進課の日吉に電話しました。

近藤:おととい連絡いただいた市営グラウンドの件なんですけどね。ウチのメンバーに確認したんですけど、どうも近隣の方々からクレームがあったっていう迷惑駐車とか騒音とか、ボールが車に当たったとか、それらについては誰も心当たりが無いっていうんですよ。何かの間違いじゃないですかね。

日吉:あ、そうですか.....いやーそれは.....

近藤:他の団体だったっていう可能性もあるんじゃないかと思うんですが、もう少し詳しく状況を教えてもらえませんか。

日吉:はい。まず、迷惑駐車が何度かあったというのは間違いなく、近隣住民の方が車の持ち主を見かけたことがあって、注意したらしいのですが、その後も何度か繰り返し行われていたそうです。警察にも連絡したそうなんですが、駐車禁止区域ではないということで動いてくれなかったらしいんですね。あと騒音に関しては、何らかのスポーツをやっているときの声だろうと思われてるようです。

近藤:そうですか。こちらとしても具体的に確認したいと思いますので、苦情をおっしゃってる方がどなたなのか、教えていただけませんかね。

日吉:いやそれについては、本件は上長からの指示で、私も苦情をお寄せいただいた方と直接お会いしてないんですよ。あいにく上長が本日は不在でして......

近藤:そうですか。せめて何曜日だったかくらい分かりませんか?

日吉:それもちょっと.....

近藤:では、それも確認しておいていただけますか。

日吉:分かりました。上長に確認しておきます。

近藤:しかし事前の警告なしに、いきなり利用停止というのは厳しすぎるんじゃないですか?

日吉:まぁ、お気持ちは分かりますが、なにぶん上が決めたことでして......

この日の夜に、会計を担当している沢崎が経営している不動産屋に高宮監督、近藤、丸山(備品担当)、岡田(運営担当)が集まったので、まず近藤から、市役所に確認した結果が報告されました。

高宮:ありがとう近藤さん。ちょっとこれだとまだよく分からないですね....。

岡田:私からメンバー全員に確認したんですけど、駐車場以外の場所に車を停めたことがある人はいませんでした。だから少なくとも迷惑駐車はウチじゃないですね。

高宮:そうか。やっぱり他の団体が苦情の原因になった可能性がありますね。近藤さん、他に夜間利用してる団体分かる?

近藤:うちのほかには野球チームが火曜日の夜、フットサルのグループが水曜日の夜に利用してますね。市役所の話だと、これらの団体も含めて夜間利用は利用自粛ということになっているそうです。

高宮:そうですか......。近藤さん、他の団体の連絡先とか分かる?

近藤:いやー私も知らないんですよ。今まで会ったこともありませんし......。

高宮:だよねぇ。近藤さん悪いけど市役所の人から他の団体の連絡先聞いておいてくれる?

近藤:分かりました。聞いておきます。

これは少々厄介なことになったな、と高宮監督は思いました。事態を解決するためには、原因を明らかにして再発防止策を示す必要があると考えていましたが、原因の所在が他の団体である可能性がある上に、これまで他の団体とは全く交流がありません。したがって事態の解決まで相応の時間がかかる可能性が出てきました。高宮監督はこのような問題意識をこの日に集まったメンバーに共有した上で、今後の対応について話し合い、当面の行動について以下のとおり申し合わせました。

まず、他の団体と協力しながら事態の収拾にあたる必要があるため、各団体の代表者の連絡先が分かり次第、高宮監督が各団体の代表者に連絡をとって、協力して事態の収拾にあたることを呼びかけます。また、原因をはっきりさせるために苦情の主をなんとか聞き出したいところです。これも市の担当者から聞く必要があるため、近藤が担当することになりました。

一方で、今後の展開によっては試合が開催できなくなる可能性があるので、県サッカー協会の地域リーグ運営事務局に状況を伝え、今後の対応について協議を始めたほうが良いだろうという話になりました。これは本来は渉外担当である近藤の役割ですが、近藤は市および各団体との連絡で多忙になると思われることから、これは沢崎が担当することになりました。

そして運営担当の岡田から他のメンバーに対して、現時点までの情報を報告した上で、他のメンバーは今のところ何もしなくて良いことを伝えることになりました。これらについては翌週の月曜日までに実施することとし、月曜日の晩に再びここに集まって対応を協議することになりました。


【今回の場面における緊急事態対応の勘どころ】

近藤の情報収集が奏功して、前回に比べて状況把握が進んだ結果、他の団体が原因となっている可能性が具体的に見えてきました(※A)。緊急事態を招いた根本原因の把握には至っていないものの、解決まで長期化する可能性が高いことが分かったのは大きな進歩です。これによって、当面の行動方針が明確にでき(※B)、具体的なタスクを決めて役割分担を決める(※C)ことができました。

ここでの重要なポイントの一つは、高宮監督が他の団体が関係していそうなことや、解決まで長期化しそうだという懸念をメンバーと共有したことです(※D)。事態がどの程度深刻かという状況認識を統一することが、組織的な緊急事態対応を円滑に行うために非常に重要です。

その上で、具体的な各タスクに対して役割分担を明確に決めています(※E)。緊急事態対応における役割分担を決める際には、平常時の役割が近い人を割り当てるのが順当ではありますが、渉外担当の近藤の負荷が高くなりそうな状況を踏まえて、地域リーグ運営事務局との連絡・協議は会計担当の沢崎を割り当てています。このように状況に応じて負荷分散を図ることも重要です。

なお、今のところ他のメンバーには何も指示していませんが、「今のところ何もしなくて良い」ということを伝えているのも適切な行動と言えます。現時点までの情報をしっかり共有した上で、「何もしなくて良い」ことを伝えることによって、他のメンバーが漠然とした不安を抱くのを防ぐことができます(※F)。

本連載は緊急事態対応に関するノウハウが体系化された国際規格「ISO22320」を拠りどころにして書かれています。今回の場面における緊急事態対応の勘どころがISO 22320の2018年版に記載されている場所は次のとおりです(アルファベットA〜Fは上の ※A〜F に該当します)。

A: 5.2.1d 状況の監視と把握
B: 5.3.2a インシデント管理目標の設定
C: 5.3.2e 業務の割り当て
D: 5.2.1h 他の組織との関係、状況認識の統一
E: 5.3.2 役割および責務
F: 5.3.3h 状況認識の統一


イラスト:上倉秀之

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