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第6回:新たな視点:見えていなかった関係者 -専門家の助言を活用する-

首都圏の某市で活動している地域サッカークラブ「紅葉山FC」は、毎週木曜日の夜に市営グラウンドで練習していますが、近隣住民から迷惑駐車や騒音などの苦情があったため、4月はじめからグラウンドが使えなくなってしまいました。紅葉山FCとしては苦情の原因に全く身に覚えがないものの、このままでは練習ができないばかりでなく、このグラウンドで2カ月後に予定されている県サッカー協会主催の公式戦ができなくなってしまいます。

高宮監督が中心となって、何とか別の練習場所を見つけて活動を続けながら事態の収拾を図ろうとしていますが、迷惑駐車などをしたことが疑われているフットサルグループから協力が得られないために苦情の原因が分からず、グラウンド利用再開の見通しは立っていません。

高宮監督は4月10日(金)に県のサッカー協会を訪問しました。目的は協会に所属しているアドバイザーで、アマチュアチームの運営にも詳しい藤崎氏に、現在直面している事態について相談するためです。

藤崎によると、サッカークラブが近隣住民から苦情を受けたり揉めたりすることは、他の地域でも珍しくないということでした。そして、これまでの事例のなかで解決に向かったものの多くは、再発防止策を示すことができたケースだったといいます。

藤崎:私がこれまで関わったケースだと、謝罪したり二度とやらないと言ったりしても、どうせ口先だけだろうと信用されなくて解決まで時間がかかったことがあります。しかも今回は、迷惑行為を行った当事者が分からないわけですから、謝罪したとしても「本当は自分たちじゃない」っていう中身のないものに聞こえちゃうじゃないですか。だからなおさら再発防止策が必要だと思います。

高宮:なるほど……。でも「迷惑をおかけしたのは恐らくフットサルグループで、彼らはもう市営グラウンド使いませんからもう大丈夫」っていうのではダメですかね?

藤崎:ちょっと難しいでしょうね。もうひとつ別の観点から申し上げると、これだと市の担当者としても、動きにくいんじゃないかと思いますね。事前に沢崎さんから事情をうかがいましたので、私の知り合いで市役所の職員をしていた者にも聞いてみたんですが、今回のケースでは市の担当者は、誰からでも批判される可能性がある立ち位置なので、もし仮に同じような問題がまた発生したら、苦情の主、自治会長、議員さん、さらに場合によっては市役所の内部からも文句を言われかねない。

高宮:なるほど、そういう観点は全く考えたことがありませんでした。

藤崎:市としても市営グラウンドの稼働率が上がったほうがいいんです。担当者もそうしたいと思ってる。だから市の担当者が安心して利用再開を後押ししてくれるような方策を考えて、市の担当者にも納得してもらうのがいいと思いますね。

高宮:ありがとうございます。野球チームの方とも相談して、これから考えていきたいと思います。

藤崎:ところで6月の公式戦のことなんですけどね、うちでも代わりの会場とか日程変更などの方策について検討を始めていますけど、一方でこの試合は単に公式戦のうちのひとつというわけではなくて、地域の恒例のイベントという側面もあるんです。そういう事情を考えると、安易に他の会場で、というわけにもいかないんですよね。

高宮:ああ、そういえば会場周辺に屋台とか出てましたね。私は試合のことしか考えてなかったので、あまり気に留めてませんでした。

藤崎:それなら、できるだけ予定通りの日程で会場も変えずに開催できるように、地元の商店会にも早めに事情を説明しておく必要があると思いますね。

高宮:ありがとうございます。危ないところでした。さっそく商店会の理事にも会って話をしてみます。

高宮監督としては、これまで気づかなかった様々な観点が明らかになってきたことが嬉しい反面、事態が進むごとにやるべき事が増えていく状況に複雑な心境でした。ともあれ立ち止まっている時間はないので、サッカー協会を後にすると直ちに面談の結果をざっくりまとめて近藤、岡田、丸山、沢崎の4人にメールで送りました。また渉外担当の近藤に、紅葉山商店会の理事長の連絡先を調べるよう頼みました。


【今回の場面における緊急事態対応の勘どころ】

ここではアマチュアサッカー協会のアドバイザーから、行政組織の事情も考慮した具体的な助言を得られたことで、問題解決に向けての新たなアプローチが見えてきました(※A)。

特に、野球チーム以外に協力を意識する必要がある新たな関係者として、市の担当者や地元商店会の存在に気づけたのは非常に重要なポイントと言えます。緊急事態対応においては、対応の結果から影響を受ける可能性のあるステークホルダーの全てを考慮に入れる必要があります(※B)。

国際規格「ISO 22320」には、その際にステークホルダーとなる組織は以下のような観点を持っていることを考慮する必要があると書かれています。
・異なる興味を持ち、それゆえ完全に異なることを達成したいと考えること。
・異なる視点を持ち、異なる方法で問題を見ていること。

地元商店街は地域の恒例のイベントという観点で興味を持ち、屋台を出したりして地域の盛り上がりを望んでおり、市の担当者は、地域住民らからの批判を回避しつつ市営グラウンドの稼働率を上げる、という視点で見ていることがわかりました。こうして、紅葉山FCとしては、協働相手となるステークホルダーを新たに認識できたことで、緊急事態対応の検討範囲を広げて対応計画を修正することになりそうです(※C)。

本連載は緊急事態対応に関するノウハウが体系化された国際規格「ISO22320」を拠りどころにして書かれています。今回の場面における緊急事態対応の勘どころがISO 22320の2018年版に記載されている場所は次のとおりです(アルファベットA〜Cは上の ※A〜C に該当します)。

A:5.3.3.2 d) 専門アドバイザ/コンサルタント
B:5.2.2 異なる視点
C:D.2 f) 対応組織間の連携と支援、すべての時間に利用可能な連絡先を含む利害関係者への通知


イラスト:上倉秀之
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