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11月25日

 ブーブーブーと枕の上で振動しているスマホを無視して、ったくこんなに早く誰だろうという怒りが込み上げるも振動が鳴り止むとまた無意識に眠りの中に引寄せられた。
 とにかく眠たかった。最近不眠気味だ。睡眠薬が抗うつ剤が安定剤がうまいこと作用をしてくれない。致死量目一杯まで飲んでいる魔のラムネのような色とりどりの薬たち。これ以上は薬を増やせないかな。と先生にいわれているけれど昨夜は黙ってちょっとだけ多めに薬を飲んだ。
 はっと目が覚めて起き上がろうとするけれどクラクラして動けない。かろうじてさっきの電話が誰だろうかということだけを知りたくて気怠い腕を枕の上に伸ばす。グーンと体が伸びたような気がしてぎょっとなる。『ひかるくんから着信がありました』とLINEのメッセージが表記されていた。電話をしてきた時間を確認をする。8時32分。え? となって今は何時だろうかとスマホで時間を見ると10時8分だった。
『寝てて電話気がつかなかったよ』
 まだユラユラする頭でLINEを打つ。ややしてから返信があった。
『今からあえませんか?』
 今から? 今日はお休みなのだろか? 怪訝におもうもさらに返信を打つ。
『何時までならいいの?』
 またややして、11時と返ってきたから、なんだそれは。もう時間が全くないじゃんとおもいつつ返信を打つのをやめた。
 ひかるくんは気まぐれにいたずらにLINEをしてくる。
『今からなら大丈夫です!』とか
『明日の朝なら大丈夫かもです』とか。
 ひかるくんは大丈夫でもわたしがいつも大丈夫ではなくて最近ではもっぱらすれ違いばっかりだった。
 7年。ひかるくんに出会って7年も経つ。彼は35歳になった。彼女が出来たらいってね。もう来ないから。という台詞を何回いっただろう。うーん。どうかなぁ。わからないな。それよりも出来ないよ。出会いがないし。ひかるくんもまたこの台詞ばっかりで彼女のかの字も匂わせない。
 いいのだろうか。
 彼の未来を多少なりとも不安におもうわたしはまるで保護者のようだけれど至って男と女の関係なので保護者じゃないかぁと自嘲気味に笑う。好きだけれど何が好きなのかがいまいちよくわからない。体? 性格? 若いから? 自分でもよくわからない感情に戸惑いながらも彼の魅力にいつも驚くわたしがいる。
 年齢は関係ないし。以前ひかるくんはそうきっぱりいい切ったのは、わたしがあまりにも年上風を吹かせたからで、けれどベッドでは完全に彼の方に主導権がありわたしはそのときだけ年下になるから余計にそうおもい口にしたのだろう。 
 無職にも慣れ余裕があると昼間にお風呂に入る。今日は草津温泉にいった。昨日は白骨温泉。という気分にはなれないけれど入浴剤にはそう書いてあるからまあ一応それなりの気分を味合う。お風呂から上がると水分が失われてまたクラクラして急いで水を飲む。冷蔵庫に入っている麦茶を飲む余裕がなく水道水を蛇口からそのまま。どうしてお風呂上がりの水って水道水でもこんなに美味しいのだろうかといつもおもう。喉がひどく乾いているからだ。といつもおもうことをまたおもう。
 おもては分厚い雲が立ち込めていて雨が降りそうな降らなさそうな感じがする。さすがに11月の下旬もあり湯冷めが早く急いでスエットに着替えて髪の毛を乾かす。
 雨雲レーダーでも見ようとスマホを手にすると
『今日やっぱり用事がなくなってうちにいますよー』
 またひかるくんのLINEが届いてきゃっと小さく叫んだ。すぐに既読にして
『じゃあいく』まるでテニスのようなラリーの早さに、ひかるくんは『わ、はやっ』と打ち返し『待ってますねー』と連続でスマッシュを決めた。
 やれやれ。わたしはチャチャと軽くお化粧をしスエットのままうちを出た。おもてはもうすっかり晴れていた。
 ピンポンとチャイムを鳴らしお邪魔しますと勝手に入る。ソファーにひかるくんがあまりにもリラックスした顔でちょこんと座っていた。手招きをされる。
 おいで。そんな感じで胸を開かれその胸の中に飛び込んだ。ひかるくん胸は分厚い。
 黙ったままそのままでいると、見入っているDVDの他にもうひとつ別の声がして耳をすます。
「なにか聞こえるね。ラジオ?」
 胸の中でくぐもった声を出す。ああ、とつぶやき、これだよとスマホをわたしに見せる。
 スマホの中でスーツ姿の誰かが喋っている。
「今日ね、本当はこのセミナーに参加するんだったんだよ、けれど、」
 一旦言葉を切ってわたしの首筋に指を這わす。くすぐったいよとわたしは笑う。ひかるくんもははと笑った。
「けれどね、もう昨日遅かったししんどくて辞めたんだ。とゆうか遅刻した。だから今リモートでセミナーに参加してるよ」
 へえ。つい声が出た。じゃあこっちの声は聞こえるの? と質問をする。ひかるくんは首を横にふり、聞こえないけど参加しているということはわかるよという。
「でも、さっきまではこっちの声も聞こえるようになってたよ」
 参加することに義務があるからね。
 本当は現地に行かないとならなかったらしいからいかにも参加してますよということをアピっておかないとならないとさらに言葉を続けた。
「けど、」
 わたしは、けど、といってDVDの方に目を向ける。ひかるくんは肩をすくめた。まあいいじゃんよ。そんな目だった。なにかのアニメを観ていた。というか流していたという方がしっくりくるだろうか。
 さらっとスエットを脱がされてしまい陽が差し込む部屋の中、裸にされさすがに恥ずかしくて顔を手で覆う。見せて。ひかるくんは容赦なかった。そのままベッドに流れ込むように移動し今までのすれ違いを埋め合うよう獰猛でけれど優しいひかるくんとでしか共有できないベッドの上での行為であたしはバカみたいにひかるくんは控えめに声をあげた。
「すごくよかったの」
 すごくよかったのでいう。
「そう」
 いつもそれいうね。とひかるくんは笑った。
「だって。いいものはいいの。ひかるくん病」
 はは、とまたひかるくんは笑う。あーざーす(ありがとうございます)といって。
「わっ!」
 その声にびっくりし何事? と伺うと
「……、こっちとあっちが繋がってたみたい」
 やべーなぁという声はあまりやばそうではなく、まっ、いっかとなぜか開きなおる。いいの? と聞くと、うん。もう終わってるみたいだしと続けた。
 ひかるくんの隣に横になる。このまま眠っていたかった。背中越しのスマホの灯りが目に痛い。もう窓の外は夜になろうとしている。日が短くなったなとおもう。部屋の中がいつの間に薄暗くなっている。
 天井を見上げる。スマホをいじるひかるくんの影がゆらゆらと天井にうつっている。
「寒くない?」
 そう聞いてきたのはひかるくんで前あったときは、暑くないだったなぁとふと思い出す。
 ううん。大丈夫。このままあと10分だけこのままでいさせて。つぶやくと背中が上下しクククと笑い声がした。
 

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