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ゆれる

「あ、今、揺れた?」
 男はギクリとした声を出し、わたしに同意を求めるかのように聞いてきた。揺れた形跡などはなくただ唯一考えられるのはわたしの若干な貧乏揺すりだった。
「そういわれてみると、揺れたような......」
 またいつものホテルにいる。またいつもの部屋でいつものニトリにでもあるような普通過ぎる茶色のソファー。無駄に広いダブルベット。糊のきいているパリッと音がしそうな真っ白なシーツ。
 どうしてホテルってところはシーツが白いのだろう。赤ならもっと情熱的になるかもしれないし、青ならもっといやらしさが増すかもしれない。黄色なら気狂いになるかもしれない。ベッドの上で抱かれながらそんなくだらないことを、男の背中にある乾燥肌のざらつきを気にしながら考えていた。
 抱かれているのに抱かれている感覚があまりないように思う。男も同じようなことを行為の最中にわたしの耳元で泣きそうな声でささやき、それでも擦れば気を性器に集中させればわたしの中に精液を流し込めるはずで、男はだから最後渾身の力を込めわたしの首をひっそり締め、少しだけ声を上げて震える子猫のよう射精をした。
 心臓が、奇妙過ぎるほどバクバクしていたので、大丈夫なのと小さな声音で聞くとなんとか大丈夫だとあまり大丈夫そうじゃない声で返した。ハイボールなど飲まなければよかったのに。昼間からの酒は夜よりも酔いを早める傾向にある。男は射精の瞬間、その瞬間だけはわたしを少しでも愛おしいと感じてくれているのだろうか。射精時はいったいどのような精神状態になるのだろうか。まるで検討がつかない。 
 常夜灯の明かりに目が慣れてしまい隣にいる男の顔が見え、精を吐き出す前と後ではなんとなく顔つきが柔らかく感じる。暖房の音が耳にうるさいといい切ったけれど寒さを感じない。おもては雨が降り出している。雨の日は気温がやや高い。明日も明後日も雨らしい。梅雨でもないのに。雨は気まぐれにやってくる。
「地震かと、思ったら、気のせいだったみたい」
 スマホを手にとり緊急地震速報を見ているようだった。
「けど……、いつ来てもおかしくないよね。大きな地震が」
「まあな」
 ベッドから立ち上がりアイコスを取りに行く。充電をしている入り口まで。ニトリにあるようなソファーに座り、暖房のスイッチを入れ、アイコスを吹かし汗のかいたグラスの中にある薄まったハイボールに口をつける。
「……もし」
 男が顔をわたしの方に向ける。ベッドの上で裸で体育座りをしている。暖房がわたしの体にあたり風が心地がいい。わたしは続ける。
「今、本当に大きな地震があってこのホテルが崩壊してわたしとあなたが一緒にいることがバレたらどうなるかな」
 男は黙っている。言葉を探しているように目を天井に向けアイコスの煙を吐き出す。
「どうなると思う? このホテルヤバイくらい古いから崩壊するよ。ここ6階だし」
 別に意地悪でいっているわけではないけれどなんだか意地になっていた。男が口を開きそうになりわたしは身構える。
「ここが……、このホテルが崩壊したら他も崩壊で誰もいなくなるよ」
 はぁ? 答えになってないじゃねーかと思う。
「それかここから飛び降りる」
 空気が動き動いたのは男でもあった。窓際に来てドアを開け、どうだろうなぁとおもてを見て飛び降りることができるか確認をしだす。
「この布を縛って外に降りて布団を投げてそこに着陸すればいい」
 わたしも並び窓の外を見る。3階くらいにちょうど屋根がありそこになら布団を置けば死なないかもしれない。
「でもわたしは怖くて無理かも。けどあなたはわたしを置いてひとりで逃げるでしょ? きっと」
 絶対に逃げると思い逃げるよというと決めつける。
「バカか。お前を投げてでも逃げるよ」
「……」
 言葉が見つからなかった。嬉しいような嬉しくないような感覚でよくわからなかった。
「いつもさ、わたしたちって危険な場所にいるね。地震が来ても来なくても。一緒。世界が滅びても巨大地震が来てもクマが来てもなにが来ても誰からも歓迎されない。だって罪をおかしているのだから」
 またその話題かという顔をしわたしの方に目を向ける。雨が降っているのか濡れた目をしている。白目が青い。
「どうしたいんだ。いったい……」
「一緒に死んで。でなきゃ、わたしを今、ここで殺して。突き落としてもいいし刺してもいいしなんでもいいから」
 はぁ? 男はうんざりした顔をしわたしから目を逸らし窓の外をまた見つめる。
 刺してもいいからのあたりから雲行きが怪しくなり声が震えまた泣いていた。涙は雨のようしとしとと降ってくる。
 男はまた黙っている。明らかにめんどくさそうな顔をして。わたしは途方に暮れながら裸のまま両手で顔を覆う。その姿が滑稽だなと思い顔を隠して下を隠さずなんてことをぼんやり考える。泣くことはもう癖なので男はうんざりしながらも泣かせてくれる。もはやこれが最後の優しさであり男にとってのもっとも最高の愛情表現かもしれない。
 別れても死にたくなるだろうしあっていても殺して欲しいと思い殺したいと思いもうどうしていいのかわかならい。男は誤魔化す。わたしは性の遊び相手でいい。その位置が不満なら会うのはやめるというのはわかっている。
 男と女はめんどくさい。けれど別れることが、うまくできない。嫌いになる理由ができるほどあってないし嫌いな部分を見ることがないのが致命的なことだ。いいところだけしか知らないし見ていない。だから不倫は続くのだ。喧嘩もない。パンツをおろすけれどパンツは洗わない。いいとこ取り。
「お腹すいた」
 14時くらいにホテルに入ったのにもう19時を過ぎていた。テーブルの上にうな重1,000円のメニューがあり、食べるかと聞かれ食べたいというとまず服を着てこいと笑いながらいう。うな重を2つとフロントに電話をしついでにハイボールもまた注文をした。
「まさか今日とまるの?」
 またハイボールを頼んだから質問をした。
「泊まってもいいけど。俺今日帰るっていってないから」
 そっかといいながらも一緒に泊まるのは4年前に金沢にいったとき以来だなとぼんやり考える。わたしと男はいつも罪をおかしている。誰にも迷惑をかけていないけれど誰にもいえないことを、している。夜はまだ長そうだけれど雨はやはりやみそうにない。わたしはとにかくお腹が空いている。

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