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 毎週金曜日。22時3分発の快速電車で一緒になる男の子がいる。歳のこうは12歳くらいだろうか。丸坊主で黒縁メガネをかけており、背はあたしよりも低く(あたしは150㎝くらい)ひょろっと痩せていてその身体にはまるで似つかないほどの大きな真っ黒くてくたびれたリュックを背負っている。
 毎週、毎週あうものだから大人のあたしからしたら子どもの君のことはおのずといやでも憶えてしまう。こんな時間にこんな満員電車に乗るなんて。
 一駅だけ一緒になるのだけれど、君はいつも何かを食べている。だいたいお菓子だけれどポッキーやかっぱえびせん、この前はおにぎりだったし、昨日にかんしてはグミだった。
 電車が駅に停車し大勢の人を吐き出してからまたそのくらいの人たちを乗せる。君は大人の中にまじってうまい具合に車内に飲み込まれる。グミを食べることをまるでやめる気配などはなく見ているあたしの方がヒヤヒヤとしてしまう。なにせたくさんの人が山林のよう立ち並んでいるのだから。山林の中の小さな木は目立たずにけれどそこにきちんと存在していてあたしはひっそりと君を見守る。ぐぐぐと背を押されたせいで君の隣に立ち並ぶ。イチゴ味だろうか。君のとりまきはイチゴの人工的な匂いがする。

「あっ、」

 突然君が声をあげる。え? なに? あたしは君の方に目を向けると君はしゃがんでいて落としただろうグミを拾っていた。あった。小さな声が届いてあたしは君をじっとみつめる。近くで見てみるととてもかわいらしい幼さの残る顔をしていることに気がつく。

「……、あ、それ、落としたグミ、ちょうだい」

 まさか食べないだろうとは思いつつ処分に困ると思い、余計なお世話だったかな。という気もしたけれどつい話しかけてしまった。君は、え? そんな間抜けな顔をしつつ首をかしげ

「おねえさん、これ、食べるの? 汚いよ」

 真剣な顔をしながらグミとあたしの顔を交互に見つめながら肩をすくめてみせる。

「んんん」

 あたしは首を横にふってから、違うよ、食べないけれど落としたから処分しておいてあげようとしただけだよ。と告げた。だからちょうだい、と続ける。

 君はまた首をかしげ、いいよ、大丈夫だよ、とこたえて、はいこれ、と袋から出した新しいグミを差し出した。イチゴの形をしたグミはてかてかと光っていて異国のおもちゃのように見えた。正直なところグミは得意ではなかった。グミのせいで銀歯がとれた過去が急に脳裏によぎる。

「あ、ありがとう」

 それでも君の行為に甘えることにした。あたしが口に入れるを見ると君の口は目を細めクスクスと笑った。あたしも同じようにクスクスと笑う。

「美味しい」

 口の中でイチゴ味が暴れだす。あれ? グミってこんなに美味しかったっけ。何年もグミを食べていなかったのでその魔法の味にうっとりと目を細める。

「よかった。あ。よかったです」

「ううん。ありがとう。てゆうかいつもこの時間に乗ってくるね。塾かなにか?」

 君は、まあそんなものです、とグミをかみながらこたえた。もう君が降りる駅のアナウンスが流れ始める。君はポッケにグミをしまい、ぼく、となにか話を切り出し始めた。

「おねえさんとぼくはあと15年後にまたあいます。子どもができたら『りん』という名前をつけてください。『りん』です。ぼくはおねいさんの未来の子どもなんです」

 え? なにいってんの? あたしまだ彼氏もいなしい、そんな、子どもって。これって何かの詐欺かしら。と訝りつつもまだグミは口の中を支配していた。

「はぁー、やっと、ぼくの役目は終わりました。今日このグミをおねえさんに食べてもらわないとぼくは誕生しなかったんですよ」ふふふ。君は得意そうに微笑んだ。

 そうなんだぁー。などと納得出来る事案ではなかったけれど、子どものいたずらにまんまと乗ってやろうと「わかったわ。凛ね」あたしは背筋を伸ばしつつ承諾をした。君はバイバイまたね、そういい残し次の駅でおりた。その背中はまるでリュックが歩いているように見えた。

 それ以降もう君を見かけることは一度もなかった。いつも探した。他の車両にいるのかも。とも思いつつたくさんの人をかき分け探したし、けれど君はもう一向に姿をあらわすことはなかった。

______________

「こら! 凛ってば。待ってー」

 あたしは今5歳になった男の子のお母さんで名前は『凛』だ。凛は目が悪くトンボメガネをかけている。電車の君にあってからその2年後に結婚しすぐ子どもができた。

「りんくんね、ぐみがたべたいの、マーマー」

「はい、はい」

 嘘だろ? ってくらいに凛はお菓子が好きで特にグミやらマシュマロなどを好む。あのとき君にあっていなかったら、今、凛はあたしの元にやってこなかったのかな。この嘘のような秘密は夫にも伏せてある。

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