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1月5日

『今日から仕事だ』
 男からメールが届く。年末年始は家族で過ごし優良な夫、優秀なお父さんに徹した男が仕事というたち位置に戻ると自動的にわたしのところに連絡が来ることなどわかってはいた。
『そっか』
 ものすごく適当で短いメールを打ち返す。ものすごくあいたいとかものすごく嬉しいとかそうゆう浮きだった感情があまりなくなっている。気力がないのもあるけれどなんだかもうこういう曖昧な関係に疲れたのだ。いや疲れているのだった。
 ややしてから何時にそっちに着くという返信がきて、あう気なんだとおもいつつわかったと打ち返し、結局あうことになり待ち合わせ場所にいそいそといった。
「あけまして、」
 までいうと、あーもういわないでいいと制され、今日現場で何回もいったし。もういいたくないと顔をしかめた。あ、そっか。そうだよね。なにがそうだよね。だか自分でもひどく滑稽だったけれど挨拶はないものになった。
 いくら現場で仕事で挨拶を交わしたかもしれないけれどわたしとは今年初めてでしょ? といいそうになるも喉のあたりまで出かかっていた言葉を唾液で湿らせて呑み込む。ひどく気分が悪かった。夕方だったので夕日が顔に直面し男の顔が綺麗に照らされていた。 
 横目で伺う。ため息が出るほど憎たらしいほどそれは綺麗な顔だった。夕方になるとかけるサラリーマン風なメガネ。うっとりしてしまうほど整った鼻梁。片方の耳タブだけが異様に大きすぎること。どれも皆好きな一部で施しようもないほど全部舐めたい衝動に駆られる。わたしはこの男が好きでけれど好きでも一生自分のものにはならずかといってもうこのまま異様な関係を続けるのも身が持ちそうにない。わたしは一体どうしたらいいのだろう。悩んでいても仕方のないことを悩んで泣いてばかを繰り返して酒の量だけが増えてゆく。
 車内からのBluetooth経由での通話で青木という人物と話している男。わたしを乗せてホテルの駐車場で平気で喋っている男。普通じゃないよ。わたしはそういい笑う。男もまた普通じゃねーなといいははと短く白い歯を見せた。
「実家いって、実家で餅食って、ゆうきが帰って来てまあそんな感じ」
 休みなにしてたのという内容になり男は簡潔にまとめた感じで話し出した。
「兄弟が集まってもさ、誰とも目を合わせてないし」
「へえ。笑えるね。それ」
 ほんとうはどうでもよかったけれどあははと笑った。部屋が寒かった。白い壁の狭い部屋。部屋の半分はあるだろう大き過ぎるベッド。暖房をつけようと立ち上がると男が一瞬身をすくめた。なに? わたしは怯えている男を見下ろす。男はなぜかアイコスを挟んでいる指が震えていた。暖房のスイッチを入れると同時に男が浴室に消えていく。いつもの流れ。作業着だけソファーに無造作に置いてある。わたしは蛇口の捻る音がした途端男の作業着から突き出ているボールペンを確認し三本ある中の一本をさっと引き抜いてカバンにしまう。もう何本も盗んでいる。男はわたしが盗んでいると思っているのだろうか。わかっていて意図的に作業着だけここで脱ぐのだろうか。わからない。けれどいつも胸に刺さっているボールペンが増えそれに比例するかのよう好きの角度が下がっていく。いい傾向なのかもしれないといい聞かせているのかもしれないしなぜこのような気持ちの悪い行為をしてしまうのかもはやよくわからない。わたしは気がおかしいのだろうか。頭が痛くなり急いでカバンから安定剤を取り出し口の中に入れ噛み砕く。苦い味が口の中でもんどりうつ。み、水……、。喉が悲鳴をあげて部屋の片隅にあるウォーターサーバーにいき水を飲む。鼓動が早い。男が出て来てあれという顔を向けベッドに横になった。
 シャワーから出ると部屋はほどんどなにも見えない状態になっていた。
「見えないよ」
 換気扇の音だけが耳の中に入り込んでくる。男はなにもいわない。わたしもベッドに滑り込む。冷たいシーツの上はまるでこの世ではないような気がしあの世でもないような気がしてぼんやりとした天井を見つめた。すっ、と布が擦れる音がして男が動いたのがわかり身構える。腕がわたしの体に巻きつく。そのまま引き寄せられて髪の毛を捕まれ下半身に顔を持っていかれた。鋭く尖った男性器を口に含む。それはもうとても大きくなっていてそれだけでわたしは濡れていた。そのまま上に上がって男自身を掴みわたしの中に自分で挿れた。あ、男が短く声をあげる。ギュっと穴の中に棒が入る音がしたけれどそれは最初だけでそのままわたしは腰を徐々に沈めた。腰を動かしながら声を出す。一体誰に向かって声を出しているのだろうかという疑問が脳裏を掠め視界がまたぼやけ始め、今下にいる男が急に憎くなり急に惨めになり愉悦に浸っている男の首に両の手を回す。ぐっと力が入るけれど男は抵抗をしない。それどころか目を見開きもっとやれと命令をしている気がしてならない。もっと、もっと力をいや体重をかける。喉が鳴った。変な声がし、呼吸がヒューヒューという音に変化をしそれでもわたしはもうとまらなかった。
「殺してもいい?」
 殺してもいいかと聞くと男はけれど寡黙を貫き意地でも声をあげようとしない。
「殺す」
 いい? という質問からの、す。という決定にわたしはとても愉快になり笑いそうになった。あまり見えないけれど男の顔がだらしなくなり口から白いものを吐き出しているように見え力を緩める。ねぇ、声をかける。けれどやっぱり意地なのか男は声を出さない。わたしはもしかしてもしかしたら……。眠たい。ひどく眠くてそのまま男の上でぐったりと倒れ込んだ。

「お前さ、普通寝ないよ。もうびっくりしたし」
 おい、と体を揺さぶられ目を覚ますともう男は作業着を着ており部屋には電気が煌々とまるで昼間のよう明るくなっていた。
「あ、ごめん。寝不足なんだ。昨日徹夜だったの」
「無理しなくてもよかったのに」
 ごめん。わたしはまた謝った。
 外注で請け負っているデザインの仕事をいつも夜な夜なやっていて朝晩が真逆になりこの時間はいつも眠たいのだ。安定剤もあいまって眠気がマックスだったらしい。
「生きててよかった」
 え? 男がアイコスを咥えながら怪訝な声を出す。あ、ううん、なんでもないよ。わたしははははと笑いシャワーをしに浴室に向かう。
 夢。だったのだろうか。一体どこからが夢でどこからが現実だったのだろう。男は射精した形跡がなくわたしは途方に暮れる。
 時間が曖昧で現実味がなくわたしはいつもぼんやりと生きている。惰性で。仕方がなく。
「うちの前まででいい? 送るの?」
 男が聞きわたしは手前の橋の上でいいとこたえる。アイコスが吸いたかったし少し歩きたかった。
 じゃあまた。といいあい別れると急に涙がこみ上げて来てどうしょうもなく自動販売機で温かいココアを買い熱過ぎる缶のココアを握りプルトップを開けるとココアのいい香りと共に白い湯気がふわふわと夜気の中にうまいこと紛れ込んでいった。
 アイコスの充電が切れていて結局吸えずにまた途方に暮れる。

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