Warmth 

 雨が降っている。車のなかにいるけれど、雨はどうしたって憂鬱と頭痛を連れてこなくてもいいのに連れてくる。
 約束の時間になってもこない。メールも送信できない。電話も電源がはいっていないか電波のどとかないところにいてかかりませんと機械的にいわれて閉口をする。
 どうしよう。
 雨がフロントガラスをこれでもかと叩くように打ちつけてくる。
 途方に暮れるしかなかった。
 なおちゃんは来なかった。
 『ホテルにいってご飯でも食べようね』
 今朝そうメールをし『うん。わかったよ』と返信があったにもかかわらず。
 もう3週間もあってもいないのに。涙が止まらなくなる。わたしなんていてもいなくてもいいんだと痛感をする。いつも誘うのはあいにいくのはわたしだった。3週間たてば連絡をしてくれるとおもっていた。おもっていただけで裏切られた。
 車を走らせなおちゃんのうちに向かう。きっといる。それはわかっている。
 なおちゃんのうちに着くとなおちゃんが玄関にいてびっくりする。
「あれ? 2時じゃなかった? 待ち合わせって」
「……12時って打ったよ。ちゃんとみてないの? 電源もはいってないよ」
 ああ……、ごめん。電話また調子が悪くて。充電するところにゴミが溜まっててさ。あ、でも掃除したらできるようになったんだよ。
 はぁ? アイコスじゃあるまいし。と心の中で突っ込みをいれる。
「もう、いいよ。いかない。雨すごいし」
 ごめん……。なおちゃんバツ悪そうな顔をしてまたあやまった。
「もしかしてさ、このままわたしが連絡をたとえば1年とか連絡しなくてもなおちゃんはわたしに連絡してこないでしょ? きっと」
 目と目があった。わたしはなおちゃんの口が開くのを待った。けれどなん分待っても言葉はなくしばし無言の会話だけがつづいた。
 日曜日になるとなおちゃんは朝から酒を呑む。呑まないで。とはいえない。酒が彼にとってのストレス解消法なのだから。
 アル中だとわたしはおもっている。なおちゃんだってそれはきっと自負している。酒に逃げ、わたしからも逃げている。けれどわたしは好きだから逃さない。しかしそれも依存なのだろうか。温もり依存症。だれかに抱きしめてもらいたい。抱きしめて欲しい。けれど、だれでもいいわけではない。好きな男でないと意味はない。
 だから純粋になおちゃんが好きだから抱きしめて欲しいだけなのだ。
 もう出かけないでいいとわかった途端、酒を呑みだす。
 かなりあってなかったので会話があるとおもったけれどさほどなくすぐに会話が途切れた。けれど無言の時間も慣れている。なおちゃんが横になったのでわたしも横になった。背後になおちゃんがいる形になる。そしてわたしを抱き寄せる。
「眠いの?」
 振り向き顔を覗きこむように問いかける。目がとろんとして潤んでいる。
「うん。眠い。で、飲み過ぎ」
 ふっ、と鼻で笑い目を細める。
「布団にいこ」
 すぐ真裏にあるせんべい布団にいこうと誘う。雨の音がいちだんと大きくなる。雨は嫌いだけれど、この空間には雨のBGMが必要だとおもう。
 布団に並んで天井を見上げる。
 なおちゃんはわたしを横向きにさせ背後から抱きしめるのが好きだとおもう。眠るときいつもそうする。わたしは安心をしなおちゃんは抱き枕のように扱う。用途は各自違うがそれで成り立っているのならなんの異存もない。
 なおちゃんの荒れた手がわたしの首すじをなぞる。声がでそうになるけれど、くすぐったいよといいかたを変える。
 なおちゃんはなにもいわない。わたしは雨の音となおちゃんの温もりに包まれながらちょっとだけまあまあ幸せを噛みしめる。
「お腹すいたな」
 むくっと起き上がり、なにか食べるかと聞いてくる。
 おもてはまだ薄っすらと明かりを残してはいたけれど時計をみると18時半だった。
 麻婆豆腐が食べたい。そういうといいねということになりコンビニに買いにいく。徒歩で5分。小雨の中買いにいき、うちに戻る。
 豆腐と麻婆豆腐の素でつくっただけの麻婆豆腐にサトウのご飯。
「おいしそうー」
 お腹が空いていたので一気に食べ始める。安定のおいしさだった。簡単なものでもなおちゃんと食べるとおいしい。なんでだろう。
 食べてもう帰ろうとしたけれど、雨がまたひどくなってきたので泊まるというとそうかと別に勝手にしてよというような感じだったので泊まることにする。
 先に布団で眠ってしまったなおちゃんを横目にわたしもシャワーをし薬を飲んで眠る準備をし布団にはいる。
 モゾモゾと動いていたからなおちゃんが目を覚ましまた背後から抱きついてきた。
 温もりが心地がよかった。だれかの体温に触れたかった。それはきっとなおちゃんだった。ちっとも眠気がおそってこない。さっきちょっとだけ眠ってしまったからだ。
 いやらしいことはしなくなった。なんでだろう。酒の呑みすぎもあるけれど、何だかもうしなくてもいいななんておもっている。それだけが全てではないし、好きに理由などはないのだ。以前はいやらしいことをするためだけにあいにいっていた。今は違う。ただ、温もりだけが欲しいだけ。
 年月がそうしたのだろうか。
 気がつくと朝になっていて、薄めを開けるとなおちゃんが仕事着に着替えていた。
「早くない?」
 布団の中から顔をだし声をかける。メガネをかけて時計をみる。5時45分だった。
「うん。朝やることあるから」
「そ」
 もう酔ってはいない。普通のサラリーマンに戻っていた。わたしのいるほうに近づいてきて頭をくしゃっとなぜていく。いってきますという言葉を残して。
「いかないで! 置いていかないで!」
 もし。そう大声で叫んだらなおちゃんはどんな対応をするだろう。きっと、おどろいて、そして、真顔でそれは無理。だってサラリーマンだもんというだろう。
「いってらっしゃい」
 小さく声をだす。なおちゃんの背中がみえた。
 ひたすら、わたしはなおちゃんに抱きしめられた。充電は満タンだった。
 雨はまだ降っている。しつこいなとおもい、また目をとじた。目を開けたとき、雨がやんでるといいなとおもいながら。
 けれど、目を開けてもやんでなかった。うっとおしい雨だな。わたしは着替えてから傘を差しローソンにカフェラテを買いにいく。
 

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