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山の旅

 どうも旅行中毒になったのか週末になると遠くに行きたくなり(現実逃避)今週もまた鈍行電車に乗って長野県の温泉へ行った。
 別にどこでもよかった。ただ遠くに。それだけだった。鈍行電車はなんというか各駅停車なので停まっては、何分か待ち、停まっては、また何分か待ちの繰り返し。
 3時間くらい乗って到着した駅から予約してあった旅館まで徒歩で40分となっており、まあそれくらいなら歩けるだろうとおもいつつ小さな歩幅で歩くことにした。駅前のお土産売り場にふらっと入ると、この地域の地酒が美味しいよと勧められ、あ、そうですかと笑顔でこたえ買うつもりなど全くなかったのに買う羽目になり日本酒を買う。酒を飲むのはやめようとおもっていた。が、しかし、酒と温泉以外の楽しみなどはなくとぼとぼと目的地に向かう。
 歩くのは別に嫌いではない。最近スマホに万歩計機能がついていることを知り、一体毎日どれくらい歩いているのかと見てみると、だいたい700歩くらいだった。確か一日1万歩は歩きましょう。という文句を耳にしたことがあり、あれ、一日に千歩だったっけ? と都合よく考える。けれど、やっぱり健康のためには1万歩で、不健康の人はまあ700歩だった。わたしは無論後者であり、不健康そのものだ。それ以降歩数を気にして歩くようにしており、だいたい毎日4000歩までいくようになった。気分がいいと6000歩までいけるけれど、足が痛くなるため無理はしないようにしている。別に健康を気遣っている訳ではない。歩くことだってそれがどうした? だ。けれどGoogle mapと一緒に目的地まで到着するととても愉快な気持ちになる。ああ、着いたぞ。疲れたな。けれども、やったぞーと。
 チエックインの時間より2時間も早くついてしまいどうしようとフロントのあたりをうろうろしていたら建物を修繕している外装やのおじさんが
「どうした?」
 身軽な軽装のわたしがまさか泊まりの客とはおもいもしないようで声をかけられ
「あ、チエックインよりもすごく早く着いちゃって……」
 そう返すと、なにぃ? あんた泊まりの客なの? 荷物ないじゃんというような顔をされ
「え? ひとりで?」
 とても不思議そうな声をだし語尾をあげる。わたしは、はいとこたえひとりですと付け足す。女がひとりだとどこも結構好奇な目を向けられる。男はひとりだって全然いいのに。なぜ女がひとりだとおかしな目で見るのだろう。
「別にいいとおもうよ。チエックしても」
 おじさんはそういい残し足場の組んである建物の中に入ってゆく。だからフロントに行き、早く着いちやったんですけどの旨を伝え、朝飯は食えないので入りませんの旨を伝え、明日の朝駅まで送迎してもらえませんかと頼むと、もちろんいいですよと歓迎されてわたしはやっと107号室の鍵を手にし、部屋に入った。コロナ対策で部屋までのご案内は控えさせていただきますというお知らせの紙をもらったけれど部屋までの案内などコロナでもコロナでなくても要らないなぁと内心でおもう。部屋は8畳ほどの和室だった。山間の宿だったので景色など森ばかりで決して良いとはいいがたかったけれど相撲が始まる前に風呂に入ろうとおもい、服を脱いで浴衣に着替えた。お風呂にはやはり誰もおらずだるい足と怠けた体を柔らかなお湯に浸ける。非常に柔らかな湯だった。温泉に入ると体の芯から温まってゆくのがわかる。あぅ。つい声が出てしまう。温泉はいいなぁ。わたしは温泉に浸かるたびにひしひしとそう感じまた来たいなとおもう。温泉中毒だ。温泉から出て部屋に戻り温まった体に汗を感じ誰もいないから裸になる。布団の上で裸で相撲を見ているとなぜか視線を感じふと振り返るとさっきいた外装やのおじさんが窓の外にいてぎょっとなった。数秒ほど目が合い、頭を下げるのもおかしいなとおもい、そのままじっとしていた。裸のままで。向こうの方が先に視線を外し、カーテンをしめて。そんなふうなことを身振り手振りしたので浴衣を着てカーテンをしめた。わたしは裸になることを生業にしてきているため全然恥ずかしくない。おじさんは戸惑っていた。それが普通なんだろうとおもう。わたしがおかしいのかもしれない。とゆうかおかしいのだろう。感性が。相撲を見つつ日本酒を飲み適当に買ってきたお菓子を摘んでいるうちに眠ってしまったようで気がつくと夜の9時になっていた。それからまたお風呂に行きシャンプーをしお化粧を落として部屋に戻り缶チューハイを2本、また日本酒を飲みつつまたうたた寝。そんな繰り返しをしているうちに空が白み始めやっと本格的な眠りについた頃はきっと明け方だった。チエックアウトの時間10分前に内線電話があり、送迎しますので玄関で待ってますといわれ、慌てて支度をし部屋から飛び出でる。宿で朝飯を食ったことがないというか食べれないのだ。こんなだし。
「駅でいいでしたっけ?」
 送迎車に乗ると気の良さげなおじさんが振り返り声をかける。顔が黒かった。マスクが嫌に白く感じた。わたしは、はい、駅でといい、まだ時間があるんですけどねと続ける。何時なの? と聞かれ、何時ですというと、まだ時間あるね。じゃあいいところ連れていってあげるといいニヤリとされる。いいところ? わたしは同じ言葉を繰り返す。そういいところだよ。おじさんは愉快そうに白い歯を見せ笑った。途中ファミマに寄ってもらいカフェラテとメロンパンを買う。
「着いたよ。ここから山間を歩いていくとちょうどいい時間に駅に着くからね。楽しんできてください」
「ありがとうございまーす」
 と、なぜかそんなところでおろされ山間の遊歩道を歩くことになる羽目に。わたしは昨日からたいがいなものしか食ってないことに気がつき、メロンパンを頬張る。カフェラテが、いつもよりも美味しく感じた。
 遊歩道を歩く。晴天だ。桜も咲いている。わたしは山の中のマイナスイオンに包まれながら足をすすめる。山は不思議だ。途中うぐいすが鳴いていた。つい、わたしも、ホー、ホケキョと鳴いた。そしてクスクスと笑う。楽しい訳じゃないけれど孤独だともおもわない。程なくして駅が見えまた昨日よったお土産屋さんに寄り直人ように酒を買いやっと電車に乗った。途中までは起きていたけれどどこからか記憶がなくなり眠ってしまった。旅はどうやら終わった。

『ローソンの前』
 直人からメールがあり、お迎えにきてもらっていたローソンに向かう。
「ごめん。ごめん」
 助手席のドアを開け飛び乗る。直人はスーツだった。
「ゴルフだったから。ついでに迎えにきた」
「へー」
 スーツでしか入れないゴルフ場だったらしい。スコアを聞くと、聞かないでくれと泣きそうな声をだした。わたしはクスクス笑う。
「あ、ロッテリア寄ってっていい?」
「いいよ。お腹すいたよ」
 夕方の5時15分だった。ドライブスルーで直人はフィッシュバーガーとテリヤキバーガーとポテトを。わたしは普通のチーズバーガセットでドリンクをバニラシェーキに。車の中で相撲を見ながら食べる。10分走ればうちなのに。
 相撲を見て食べ終わったのでうちに車を走らせる。直人はわたしがどこか行ってきたのかとか皆目興味などはなくどうでもいいのだろう。うちに着くなりまた缶ビールを開けふたり並んでテレビを見ていた。そのうちわたしは旅の疲れも合間って眠ってしまい気がつくと直人も眠っていた。
 シャワーをし、布団に入る。明け方になると直人はわたしの横にいてちょっとだけ挿入をし、また眠った。目が覚めると朝の10時だった。
「おはよ」
 声をかけられ、うん、おはよと返す。すき家に行く? と聞かれ、うん、行く、とこたえると行こうと急かされいそいで支度をする。朝定食が食べたいらしかった。目の前でご飯食べている男のことはもう何年も知っているはずなのに、なぜかとても遠く感じる。長すぎた春か……。わたしは豚汁を啜りながらそんなことをぼんやりと考える。ポテトサラダちょうだい。直人が手を出す。いいよ。わたしは差し出す。雨降るかな? 降るよ。あ、今日千秋楽だ。楽しみだね。わたしと直人は平和の象徴だった。少なくともその場にいたすき家のお客の中では。
 分厚い雲が空一面にたちこめている。雨がひどくなればまた泊まろうかなぁと考える。わたし、ずっとうちに帰ってないじゃんとおもい、けれど誰もうちで待ってないしなとおもい、孤独だなとおもいつつもそれでいいじゃないかとさらにおもい、また豚汁を啜る。美味い! 心の中で叫んだ。

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