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クリスマスの夜に

 いつからクリスマスが楽しみではなくなったのだろう。いやいやクリスマスだけではなくてお正月とかバレンタインデーとかも特にワクワクするイベントではない。まして誕生日など論外でもっともたのしみでないイベントごとのひとつだ。
 今年の、あ、去年もかクリスマスはヘルスだった。
『クリスマスにフーゾクなんて、ねぇ〜』みたいな見栄っ張りのお客さんもいるようで客足はあまりなくほとんど待機部屋で眠っていた。小さな個室の天井を見上げる。くすんだなんともいえない色した天井に柄があることを知る。なんだろうとメガネをかけてじっとみつめる。それは鳥の絵だった。へえー。知らなかった。と今度は立ち上がってみてみる。やっぱり鳥の絵でへえー。とまたみいる。孤独だった。夕方にあそこが長過ぎる55歳のお客さんが来て、わっ、な、長いですねぇ口に収まらないですねぇとクスクス笑う。そうかなぁとお客さんも笑いけれどやっぱり長過ぎるので喉につっかえてしまいオェとなり涙を流す。
「クリスマスブーツの方が長いね」
 笑えない冗談を飛ばすお客さんに、好きになったよ。付き合って。とあそこにあるタバコ取ってというくらいに軽く告られ、言葉に詰まる。
「……あ、あははは……」頭を掻きながら裸で苦笑いを浮かべる。本気だよぅ。と食い下がるお客さんにキスをし、マタキテネ、とちょっと片言のフィリピンのおねえさんのようになり自分の中だけでウケた。たまにこうやって告白されることがある。好きでもない男からの告白はまずもって嬉しくない。けれども仕事だしスマイルを忘れてはならない。とおもい急いで笑顔のお面をかぶる。どっと疲れて帰り支度をしていると大好きな男からメールが来ていた。

【今夜どう】

 今夜したい。まあ単純に性欲を吐き出したいだけだってわかっているけれど【うん。いいよ】と直ぐに返し待ち合わせの時間に間に合うよう電車に乗り込んだ。イブじゃないけれどもクリスマスだ。まあ男はそんなイベントなどどうでもよく忘れているだろうけれどなんとなく嬉しくて頬が軽く緩んでいた。メールが来るだけでこんなに心を動かしこんなにも会いたいとおもわせる男っていったいなんなんだといつも考える。ずっと好きで抱きしめて欲しくてどうしょうもないほどに愛おしい。
 わたしはいっそ男に殺されたいといつも願う。
 駅前で待ち合わせをしいつもいくホテルの暖簾をくぐる。
「今日帰ってきたから。あまり時間ないけど」
 男の現場は結構遠くいつもビシネスホテルに泊まっている。たまたま帰ってきたことを強くいい張るみたいにたまたま帰ってきたと3回も口にした。そっかとうなずき、けれど嬉しいなと続ける。なんで? 男は怪訝な顔をし声を出す。
「だってクリスマスでしょ? 今日」
「あ、うん。そっか」
 女ってやつはイベントごとが好きだなぁと男の頭の中が透けてみえる。パラパラと小雨が降ってきた。車内に響き渡る雨の音。雪ならよかったのにななんていえば、またぁロマンチックなことを。と笑われそうで言葉を飲み込んだ。
 部屋に入り寒い寒いとお互い両腕をこすりながら男がお風呂を溜めにいく。このホテルは節電なのかケチ過ぎるのかいつも部屋に暖房が入ってない。
「昨日、」
 雨の音がする。部屋はひどく簡素で静寂で無機質だった。
「きのう?」
 アイコスをふかしながらわたしの顔を覗き込み語尾を上げて先を促す。
「ケーキ」
 食べたの? と食べたのという前に
「食べてない」
 また食べてないことをアピるように5文字を淡々と呟いた。
「うちにはあったでしょ? ほら、奥さんと娘さんいるし」
 どうかなぁと男は天井に向け煙を吐き出す。家庭のことを聞かれるのが嫌いなのだ。わたしも特に知りたくはないけれどつい聞いてしまう。暖房効いてきたねといったのはわたしだったか男だったか忘れた。わたしと男はもうベッドの上にいた。
「なんかね、わたし最近ね、とても恥ずかしいの。するのが」
 なにをいっているのか自分でもよくわからなかった。先刻のあそこの長過ぎるお客さんが急に頭に浮かんだ。
「バカか」
 男が短くいいそのため息のような台詞でわたしの中が崩壊を始めた。涙が、とめどなく溢れてきて困った。いつも泣きながら抱かれるから男は容赦なくなにも聞かずなにも知らないふりをしわたしの体を蹂躙した。殺されてもいいとまた一段とおもいもうこのまま殺してくれと心から願った。けれど願いは叶わなくわたしはおもちゃのよう終わると背中を向けられてその汗ばんだ背中にそっと触れた。薄暗い部屋だけれど汗ばんでいる部分は異様に輝いていた。綺麗な背中だなとつい見惚れた。わたしはまだしつこく泣いていてなかなか泣き止みそうになくて困った。好きがもう好き過ぎるに変化しより一層好き過ぎるになっていて会うだけでもう泣きそうになりこうやって抱かれたあとの虚しさと悲しさのあわいでわたしはただ頭の中が真っ白になりやっぱりこの男を自分のものだけにしたいという今までにない強い意思があらわれてますます困惑した。奥さんから奪いたい。とかそうゆうことは今まで全く考えてはいなかった。奪えないのなら殺すしかないのかな。殺してわたしも死ねばいいのかな。頭の中がもうパニックになりベッドから這い出てシャワーを浴びにいった。男はソファーにもたれて気怠そうにアイコスをふかしていた。
「来年もよろすく」
 帰り際の挨拶が「よろすく」となり男があははと大笑いをした。あ、よろしくねといいなおすとよしそれでいいと破顔した。わたしはシートベルトを外し運転席にいる男に抱きつく。同じソープの匂いがし、離れるのがいちいち嫌だった。
「好き」
 心の中でいう。声には変化出来なくてもどかしく車から降りた瞬間自然と頬に細く心もとない生暖かい涙がツツツーと流れてまるでドラマじゃねーかとそこは冷静なもう一人のわたしが笑いながら突っ込んだ。
 もう雨はやんでいてけれどひどく冷え込んでいて、余計に涙が出たのかもしれない。

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