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私は女になりたい

 10歳も年下の男の子を好きになってしまった。今何してるのかな今LINEしてもいいかな会いたいな顔に触れたいなとふとしたときに考えているあたしがいて、あれこれってもしかしてだけどまさか『好き』なのかという結論を認めるにやや躊躇いもあったしまたあの苦しい恋愛地獄に行くという勇気がなくてとどめてはいたけれどもう好きだという気持ちは抑えれなくて好きということを本人に伝えた。
『ありがとうございます!』
 いやいや好きってさ『ライク』じゃなくて『らぶ』なんだけどねと思いつつもまあいっかとあははと笑う。
「でもあたしがね好きでもあなたはまだ若いし結婚もあるしね」
 そうなのだ。彼はまだ若い。未来がある。結婚だってするだろう。正確にいえば11歳差だ。あたしの前の旦那は一回り上だったからまあその逆になったわけだ。 

 彼はとても綺麗な目をとても綺麗な背中をとても綺麗な手をしていてとても綺麗な肌ととても輝かしい未来だけを見つめている。汚いのはぶっちゃけて部屋だけだ。じゃがいもに芽が出ていたのには驚いたけれどじゃがいもを買うんだてゆうか自炊をするんだいやいや自炊をする暇があるんだということにもさらに驚いた。

 若いというのはなんて無垢で自信に満ちているのだろう。けれどセックスだけはあたしは彼の支配下に置かれる。年下であることを忘れるほどにうまい。あたしは彼の上で腰を振る。彼は素直に声を出す。戸惑いのない素の声だ。その声を聞くと体じゅうの中にある血管のいちいちが戦慄きあたしはまだ女なんだなという事実を突きつけてくる。
 あと数年したら女が終わる。女が終わる前にあたしはまた小さな恋をした。安定をした恋ではない。けれどもただ年の差だけが弊害なだけであって他には何も遮るものはない。それでもと思う。あまりにも年下過ぎるのではと。

 恋に年齢など関係はないって思っていた。それは男性が年上の場合だけだったんだなと今痛感している。
 若い肌を触ると若くない肌を見たときのギャップがすごい。若いからすぐに復活するし若いから性欲も普通にあり当たり前なことだけれども射精もうまくする。射精したあとのタイムラグがあまりないことにひどくまた驚いた。彼の体が好きなのかもしれないけれどまあ彼の性格性質生活も表面的なものも全てが好きなのでやっぱりこのざらついた心のざわめきに言葉を添えるなら『恋』になるのかなと思う。

 最後の恋かも知れない。恋多き女であった。実に。それでも女である時間はもう残り少ないし所々にほころびが生じてきてそれをいくら取り繕っても外見はいいとしても中身だけはついていけない。

 女であるために恋をする。報われない恋でもいい。あたしの賞味期限はもうあまりないのだ。だから好きにさせてくれた彼にお礼をいわないといけない。好きになるという心はそう簡単に動くものではない。どでかい岩を少しでも動かした彼にお礼をいいたい。別に付き合おうとかそんなことは思わない。ただこの気持ちだけが今はただ正直に嬉しいのだ。私はいつまでも女でいたい。

引用 『私は女になりたい』 窪美澄  小説現代6&7月号 

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