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もう3月

 金曜日に直人のうちに行くとちょうど会社から帰ってくる時間と重なりわたしが車を停めていたら(何度も切り返して)直人が帰ってきて慣れた感じでさっと車を停め、わたしを一瞥だけしすぐにうちの中に入っていった。来て、あ、何も買ってきてないことに気がつきうちの中に入る前にローソンに歩いていく。直人のうちには何もない。お腹も空いていたのでホットミルクとから揚げくんとハイボールを買って帰る。ポンタカードはスマホにあり、ペイペイで支払うので金は要らない。もうキャッスレス以外考えられなくなっている。そのうちお金が架空になる時代が来るかもしれない。そんなことを考えながら夜空を見上げる。星がおそろしくきれいだった。
「あれ?」
 一緒に帰って来てわたしがなかなか入ってこないことに、あれ? と声を出したのか、はたまた髪の毛を切ったことにあれ? と声を出したのかわからなかったけれど、どうやら前者(あたりまえ)だったようで
「なにしてたの? なかなかこないからおどろいたよ」
 嘘をつけ。とはいわなかったけれど、そんなことちっとも思ってもいないことを口にするから、はははと笑い、ローソンに行ってたと真顔でいう。
「へー」
 テレビをぼんやり見つめながら直人がつぶやく。もう缶ビールを3本飲んでいたし最近はまっているらしいコンビニのお好み焼きを食べてあった。わたしは買って来たホットミルクとから揚げくんをテーブルの上に置き食べ出す。
「ねぇ」
 もう眠たいよという直人に声をかける。もう22時をすぎている。
「……か、髪切ったんだね。なおちゃん……」
「……あ、うん。切ったよ。なんで?」
 なんでって、といい黙る。わたしも切ったの。短いでしょ? といおうとしてやめる。やはり気がついてなかった。
 だいたい髪の毛を縛っている。だからなのか切っても切っても気がつかれないことが多い。以前腰まで髪の毛があったときはさすがに、一緒に眠るとき、長げーな、長げーなといい、行為をするときとかに髪の毛が口に入ったりして、チッと舌打ちをされたことがあった。腰から肩に肩から耳下に徐々に短くなり今ではもう隠しようがないことになっている。
「わたしも切ったんだけれど……」
 テレビの中の声が大笑いをしわたしの心許ない声をうまくかき消す。直人は結局黙ったままだった。
「眠たいなぁ」
 あまり話すこともなくそうだねと同意し、一緒にお風呂に入り裸で抱き合い、なんとなく行為をした。けれど酔っているし挙句眠たい直人は途中、わたしの上で眠りわたしもそのまま眠ってしまった。睡眠薬はもう飲んでいた。
 ガサガサと音がし、ハッと目が覚める。
 部屋に電気がついている。消して布団の中に入ったというのに。そして隣には直人はいなく立ち上がりソファーを見ると直人はそこで素っ裸で眠っていた。いつの間に……。全く気がつかなかった。裸のわたしは直人を見下ろしながらほくそ笑む。ガサガサという音は直人のいびきだったかもしれないしおもてから聞こえてくる風の音だったかもしれない。わたしはトイレに行き、さっき買って来ておいたハイボールを飲もうとコンビニの袋をさばくる。な、ない。テーブルの上に目を向けると直人がなぜがそれを飲んでいた。なるほど。ガサガサという音はきっとコンビニの袋からハイボールを出した音だったのだろう。まあいいやと思い、よく飲むなと思い、もう寝ようと思い布団に入る。睡魔はすぐにおとずれうとうととしかけたとき、直人がソファーから戻って来てわたしの横に滑り込んできた。
 無言でいつものようにわたしを抱いた。声がまるで漫画のように出たし気狂いそのものだった。避妊はしなかったというかいえなかった。大丈夫。という勝手な見解。大丈夫なのか? わからない。わからないからいえなかった。なんだかどうでもよくなりもっとしてと直人の首に腕を回した。抱かれているときだけしか愛を感じない。けれどそれだけでいい。わたしは彼が好きで抱かれ抱いてそれでいいじゃないか。わたしは心の中で雨を降らす。この人がいない世界など考えられない。お互いはてたあと直人はわたしをきつく抱きしめキスをした。キスをしたのが久しぶりのような気がしなんだかとても恥ずかしかった。
 お昼くらいに目が覚めると案の定直人はいなくてわたしはまたコメダに行った。もうモーニングは終わっていた。タマゴサンドとカフェラテを注文する。なんというかコメダって食べ物がデカい。2切も食べれなくて、持って帰りたいというと、あ、じゃあとお持ち帰りようの容器を持って来てくれた。たくさんの人がいて蜜もなにもありぁしないと内心でつぶやく。
 コメダは老若男女が集う場所だと思う。帰りまた寝ようとしたら直人が帰って来て、ゴルフだったという。また! つい叫んでしまう。まただよと直人。今日もダメだったといい、翔くんがまたよかったと悔しそうに口を尖らす。
 へえー。
 コメダから持って来たタマゴサンドを勧めると、今はいいやといい、少し寝ると声のトーンを落としいうからじゃあ寝るとわたしもいいまた一緒に布団に入る。
「あと、ラーメン食べに行く。行く?」
 胸を揉まれているし、耳元でささやく声にわたしの下半身は敏感に反応する。ラ、ラーメン……、あ、あっ、でも……、声が、出る。もうバカみたいに。ゾクゾクとする背中に直人の息が降りかかる。声が、出ない。直人が何かいっている。その声はだんだん遠くになり視界がぼやけわたしは腰を振っている。このまま死んでもいいとまた考えまた思い願っているわたしの口からだらしなくよだれが垂れている。窓の外は灰色の雲がたちこめていて雨が降りそうな気配がし、遠くで夕方になる町内のオルゴールの不気味な音が耳の中に入ってくる。
「もう、3月だよ、なおちゃん……」
 心の中だけは饒舌に春のおとずれを告げている。


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