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『事故物件』

(ブブブ)
 布団の上にあるスマホが震え、まだまるで覚醒をしていない頭でスマホに手を伸ばし画面に目を向ける。
 え? なんで? お盆なのに? 
『なにしてる?』
 修一さんからだった。
 直人不在の布団の中でおどろきながら返信を返す。
『寝てた』
 短くけれどほんとうのことを打つ。
『今実家。あえないか』
 ずるいとおもう。あえないなどどいえる訳がない。知っているくせに彼はわたしをときに試すことをする。俺が誘って断る訳などはないという自信。けれどまさにそうなのでぐうの音も出ない。
『いいよ。なん時?』
 10時くらいに直人が帰ってくるとメールがあった。そしてお昼ご飯を食べようという約束めいたことをした。
 けれど。けれど、別にわたしが居なくたって直人的にはどうでもいいし、腹が減れば自分でなにか食べるだろう。
 もう直人はわたしの行動にあれこれなどいわないし聞こうともしない。
『13時半くらい。どこに行けばいい?』
 いつもいくホテルの他にもうひとつだけいくホテルがある。直人のうちの近所のホテル。そこから近いドラックストアに来てと打つと、わかったというあっけない返信がきて約束は成立をした。
 おもては分厚い雲がたちこめている。雨が降ったり止んだりして忙しない。
 どうしてなのか修一さんからメールがくるとひどく嬉しくなってしまう。直人のことが嫌いとかではない。直人のことは好きだし半同棲みたいなものだし不満などもひとつもないのに。
 あるとしたら酒をたらふく呑みすぎることだ。
 修一さんの特別なところ。
 きっと、奥さんがいる。というところなのかもしれない。奥さんから修一さんをその時間だけ奪っているという変な優越感。
 忸怩たるおもいとバカらしいおもいが交差する。
 やめれないといけないし、やめないとならない。きっと、いや絶対にまた奥さんにバレるときがくる。
 雲の隙間にちょっとだけ青い空が覗いている。青い空が少しでも顔だしたぶんなのになぜだか嬉しい。いつもなら青空が普通だからなのだろうか。雨の日はだからなのかとてもセンチメンタルになってしまう。
 起き上がり、メガネをかけて、台所に向かう。インスタントコーヒーをなぜか巨大なピーマンの絵の描いてある大きめのマグカップに入れ砂糖を大さじ2杯とクリープを3杯入れる。お湯を沸かし沸騰をするまで待つ。
 その間に昨日食べた洗い物を洗う。いつもなら直人が洗うのに『体調が悪い』ということで洗わなかった。
 コーヒーを入れて窓際に座る。湯気でメガネが曇り、けけけと薄気味悪く笑う。 
 空きっ腹にコーヒー。けれど糖分が入っているから空腹が誤魔化される。それでもお腹が減っていたので昨日買ってきた6枚切りの食パンを1枚取り出してそのまま齧る。
 柔らかな食パンは焼かないでそのままなにもつけないで食べるのが美味しい。シンプル。その単語は柔らかな食パンに与えられた単語かもしれない。
 顔を洗い、軽くお化粧をし、紺色の長袖シャツとドットの茶色のパンツを着て玄関のドアを開ける。
 直人の安全靴だけがぽつんと1足だけ取り残されている。

「あれれ? いいの? うちに帰らなくても」
 待ち合わせ場所にはもう修一さんが待っており、助手席のドアを開け開口一番に口にした。
「ああ、あ、いいよ。別に。あっちも自分の実家にいってるし」
「ふーん。そっか。そっか」
 そっか。そっかという言葉がなんだか嘘くさく聞こえた。あえないのなら連絡などしてこないのだし、別に今あっている理由を知る必要などはないのだ。
「それにしてもさ、夏だね〜」
 修一さんは黄色のTシャツにベージュのチノパンを着ていた。アロハ〜とおどけながらつけ足す。
「なにそれ」
 返ってきた返事は味気ない4文字だった。わたしはあははと笑って誤魔化す。
「なおちゃんは? いいの?」
 わたしはうんとうなずいた。修一さんはそっかといいながら車を走らせる。雨がまたぽつぽつと降ってきた。

「雨ばっかりでもう現場がどうなっているか明日いくのがこわいし」
 新しい現場が始まったらしく、明日は墨出しなのに雨が降っていたらもちろん墨出しはできないし雨が止んでいても水が溜まっていても墨出しができないという。
「眠れないかも」
 そんなことをいいつつも目は笑っていた。
「眠れるでしょ? 酒呑んでさ」
「うん。寝ちゃうな。俺さ、眠れないってことないなぁ。だって朝早いしさ」
 現場が遠いので朝の4時半には起きるという。いつもなら5時。現場近くのビジネスホテルに泊まっても5時には起きているという。
「そうそう。この前さ、名古屋のABホテルにいったらさ、なんと松原タニシと一緒になってさ、同じエレベーターに乗ったんだよね」
 松原タニシ? 誰だろう? だから誰それと語尾をあげる。
「知らないの? あのさ、映画でさ、事故物件ってあっただろ? 亀梨くんが主役だった映画」
「あーあれね。WOWOWで観たよ。こわかったというかおもしろかった。奈緒ちゃんっていう女優さんがかわいかったよ」
 亀梨くんがお笑い芸人役の映画だ。オタクっぽい役だった。売れないからプロデューサーに企画を提案され事故物件に住み幽霊の画像をとるというあらすじ。
「その原作者だよ。松原タニシって」
「えー! すごいね。よくわかったね」
「うん。だってさ、すごいオーラだったんだよ。なんか普通と違うというかさ。うまくいえないけれど、とにかく普通じゃないとしかいえない」
 修一さんが熱弁をふるった。名古屋に泊まるとたまにそういった有名人に遭遇するらしい。ちなみに錦はホストが蟻のように群がっているという。
 ちょっと疑問におもったので訊いてみる。
「修一さんはそのオーラが見えるの?」
 と。
「見える……? のかなぁ。とゆうかさ、ビジネスホテルに泊まってさ、部屋に入るだろ? 入った部屋がさ、あ、この部屋やべーなぁとか感じることは多々あってさ。その夜は絶対っていうくらい金縛りにあう」
「それって霊感あるってことじゃないの?」
 そうなのかなぁ。修一さんは首をかしげる。
「そうなんだね」
 まるで知らなかったことを知りおどろいてしまった。7年くらい知っているのに。はじめて知ったことだった。いつもそんなに喋らないから。抱き合うだけ。それだけだから。
「UFOもみたことあるよ」
「うっそ〜」
 ほんと。修一さんはははと笑いそれに乗ったよとつづける。
「うそだぁ〜」
 それはないだろうとわたしも笑う。
「うっそ〜。けど見たのはほんとう」
「やっぱりさ、UFOっているんだねぇ」
 オカルトな話ってほんとうに楽しい。非現実的。UFOの中には宇宙人がいたのだろうか。もしも会ったのなら、喋ってみたいな。と考える。
「あと、お釈迦様をみた。おじさんが死んだ日に」
「へー。やっぱり霊感があるね。すごいよ」
 女の気持ちはみれないみたいだけれどね。とはいわなかった。また、嫌なムードになりそうだったから。女の気持ちなど男は絶対にわかる訳などはない。それこそ宇宙人なのだから。逆もしかりで男の気持ちなど女はわからない。わからないことが多いからきっと何度もあい何度も抱き合い知っていくのだ。
「そんなことなんの役にも立たないしな。予知能力が欲しかったよ」
「それはいいね。ほしい」
 修一さんの胸の上に手のひらを乗せる。心臓の音。そして体温。このまま時間が止まればいいのに。わたしはいま彼を独占している。それだけが事実だった。
「雨、明日の午前中だけは止んで欲しいな」
 UFOにお願いしたら。小声でそういうと、アホかとつぶやいてわたしの頭をコツンとした。
 雨が窓を叩きつける音が大きくなる。
 静寂な部屋。無機質な空間。
 けれど、わたしと修一さんは誰からも祝福されない過ちをしている男と女なのだ。

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