「わかせんめい?」

『早く帰れそうなら連絡する?』
 ヘルスバイト先につき、待機をしているときに修一さんからなぜか、連絡する? というなんで『?』が最後につくのかわかならいけれどメールがきてびっくりして声をあげた。
『うん。あいたい』
 ヘルスバイトに来たぶんだった。そのタイミングでももちゃんお客さんだよと仕事が入る。返事を待たず仕事をしだす。65分のコースだった。
 指名だったので初見ではないだろうとおもっていた。けれど顔を見ても誰だったのかまるでおもい出せない。
「あのぅ」
 お客さんは嫌になれなれしかったからやっぱりあったことがあるんだとわたしは決め込み、あのぅ、と切り出す。
「あったことって、ありますよね?」
 失礼なこといいすみませんねぇと微笑みをとばす。気持ちが悪いけれど。
「え?」
 部屋はじめっとしている。空は大粒の涙を流しつづけている。どうした? なんでそんなに泣くんだ? といってみたが、返事は、梅雨だもん。今、泣かないと夏場水不足になって大変だぞと偉そうにこたえたような気がした。ふーん。あんたも大変だね。その涙って嘘泣き? 空はうーんと唸ったあと、しばらく考え、まあ半分はそうかもねといい苦笑いを浮かべたはのは妄想で
「いいや。ネット指名。ももちゃんさ、ネットのままだね。よかった」
 っておい! 顔はモザイクかかってますけど。とはいわない。
「あ、ははは。そっか」
 笑うしかなかった。
 お客さんはとにかく汗っかきだった。汗でもうぐだぐだ。最後は汗だくになりながら手でしごいた。まるでしごき職人にでもなったようだった。冷房をつけておけばよかったなと後悔するも、遅い。
「ももちゃん、おもしろいね、またくるね」
 うん、うん。となぜか大きくうなずき、手をひらひらさせ去っていった。
 もうこなくてもよし。わたしの心が叫んでいる。もうこなくてもよしなお客さんは絶対にというほどくる。マニアックな人種に好かれる。わたし。
 汗だくになりながらもメールの音を察知していたからすぐに確認をする。修一さんからメールが来ていた。40分、前に。
『16時にどう?』と。
 15時前だった。今から出れば間に合う。けれど今さっき来て帰る。なんだかなぁとおもいつつ、フロントにいく。
「すみません。来たぶんで、もう帰っていいでスカ?」
 すかが、スカとカタカナになっていた。言葉ジリがまあ固かった。
「えええ?」
 フロントのおじさんはもう? といい まだ3時間しかいないねと笑い、けれどいいよとまた笑う。
「なにぃ? 彼氏とデート?」
 げっ? 図星だし。わたしは、違いますってぇ〜と手を口元に持っていき笑う。
「明日でたら? じゃあ」
 なにがじゃあなのかわからなかったけれど、じゃあ、はいといい明日も出勤になった。
 急いで駅に向かい電車に乗った。別に早退までして会うこともないなとおもってみてもやはりあいたくて仕方がなくなる。なんでいつもこんなに必死なのだろう。あって抱き合うだけなのに。あって抱き合うだけでいいの間違いなのだろうか。あの人と体を重ねるといつもおかしくなる。わたしはおかしくなりたくてあっているのだろうか。
 車窓から流れる景色は雨だけれど昼間だし新鮮だった。いつもは夜で、景色などみないのに。雨が窓を打ちつける。それでも電車は必死にわたしをいや、たくさんの人を運ぶ。たくさん『液』ではなく『駅』をとばしながら。

 修一さんは駅前のロータリーに車を停めて待っていた。白いカローラは洗車をしていないから薄汚れている。雨が降っても汚い。現場が砂埃舞うしな。というのは修一さんの昔からの口癖だ。
 助手席側に回り、うつむいている修一さんの横顔をそっとうかがう。まだ、気がついてはいない。窓ガラスを叩こうとしたと同時に修一さんと目が合う。
 助手席を開け、ヤダァ〜。すっごい雨だねといいながら乗り込む。傘がずぶ濡れでどうしょうと困っていると、傘を受け取って助手席脇に置く。
「ありがと」
 わたしは微笑む。助手席の足元には図面やメルメットなどが雑多に置いてある。濡れても大丈夫なのかと訊いてみるとうん構わないよということだった。
 しかし、あってちょっとコメダで話でも。なんてことなどは、ない。元気? という文面は、しない? と同義語なのだ。不倫なんてそんなもので、なにがいいかといえば体を重ねあい、存在を確認し、もっといえば男であることを確認し、女であることを確認し、人に求められていることを確認するためにあるのだ。とおもう。夫婦になれば自然とそのような行為はなくなる。それはまああたりまえだ。家族を抱けない。というのはわかる気がする。抱けないけれど守って守られて。それが夫婦というものだ。
 が、不倫が許されるということではない。その狭間でわたしたちはいわないし態度には出さないけれどもがいている。
「もうまたどうにかなったよーわたし」
 行為が終わり修一さんの腕の中にいる。このまま死んでもいいなとこの場面にくると毎回おもう。
「どうにかなってねーじゃん」
 お前さ、大げさだしとづつけはははと笑う。
「大げさじゃないもん。本当だもん。気持ちがいいって何度もいってんじゃん」
 はぁ? という顔をしわたしの肩をギュッとする。修一さんはそうゆう話になると、さーっと逃げてゆく。
「とろけそうになるよ。なんだろう。うん。スライムみたいになる感じ?」
 スライムって、と修一さんはまた笑う。懐かしい〜 とつけ足して。
「なんだろな……」
 ぼそっとつぶやく言葉はやけにさみしく聞こえた。なんだろな。なにしてんだろうなと。
「あ、そうそう、」
 空気の流れを変えようとしたのか修一さんが、急に喋りだす。ん? なに? わたしは話のつづきを待つ。
「つい最近さ、現場で、なぜか求人サイトをみてたんだけどさ、職人がさ、『わかせんめい募集っすか? 俺、この会社に前にいたんですよ。そのときもわかせんめい募集って書いてって。まあ、若いしいいかなぁ〜って面接に行ったんですよ』っていったんだよ」
 そこまでいうとクスクスと笑う。わかせんめい? わたしはとても困惑してしまう。修一さんはわたしの顔を見て、わかった? という顔を向けてくる。
「若干名(じゃっかんめい?)をまさか、わかせんめいって読んだってこと?」
 ピンポ〜んと修一さん。
「あいつ、本当にバカ。てゆうかあほだし。死んでって感じ」
 本当にあほだね。とわたしもいって大笑いをした。ウケる〜を連呼して。
「あ、これさ、ネタじゃねーから。本気なやつで。よろしく」
「はーい」
 ネタじゃねーし。かぁ。修一さんはいつもなにかしらわたしを笑わそうとネタを提供してくれる。
「小説はもう書いてないよ」
「書くなよ。嫁さんにバレるし」
 書いてないも〜んと頬を膨らませわたしは裸の修一さんに抱きつく。
 てゆうか今まさに書いてますけど。とは絶対にいえない。そもそも日記だし。小説ではないし。
 いつまでこんなふうにいられるのかな。わたしはずっとこのままでもいいよ。好きっていう気持ちはいったいどこから溢れてくるのだろう。好きとか嫌いとかそうゆうのってなんなのかな。ねえ? 修一さんはわたしのことどうおもって、とそこまでおもい考えるのをやめる。
 お腹が空いていた。駅でまた降ろしてもらいその足で駅ビルの中にあるパン屋でメロンパンを2個買う。最近メロンパンに凝っている。
 結構大きなメロンパンだった。修一さんの手のひらよりも大きい。さっきわたしの髪の毛を撫ぜた手。マスクをずらし、メロンパンをひとくち齧る。
「ケッーうまっ」
 ついつい叫んでしまった。大げさではなくて本気で。

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