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恋する日本語 【恋水】

 最近キスをしなくなったことに気がつくというか手も繋がないしびっくりすることに彼はあたしの名前をもうかれこれ半年は呼んでいないかもということに気づいてしまってさらにおどろいた。
 だからなのか最近出会った頃のことをやけに思い出す。
 夏に出会いその夏は毎週毎週いや3日に一度はセックスをした。彼はとても熱心で獰猛でそれでいてどこか優しいセックスだった。キスをいくどもするから歯がかちりとあたり、わっ恥ずかしいなぁなんておもったりした。抱かれるたびに夢中になっていく速度が同じだということがなんとなくわかることで徐々に加速をしていった。ブレーキの壊れた自転車に乗っているかのようだった。
 とにかくあたしたちは非常に情熱的に抱き合った。もっと、もっとという風に体と心を求めた。彼はいつも汗だくになってあたしを抱いた。嘘でしょ! そんなに汗出るぅ? くらいに汗をかき一晩に2度いや3度は重なりあった。
 その夏は今でも忘れられない出来事で白昼夢でも見ていたのではという錯覚をさえおこした。
 付き合って6年。ありとあらゆることはしたしあたしの体彼の体あたしのいびき彼の寝言。そうゆう些細なあら的なことが徐々に男と女という垣根を超えて恋人という肩書きだったものが今は親友という名前の方がしっくりとくる。

 日曜日の朝。まだ早い時間から掃除や洗濯芝刈りをおこなった彼はまだ素っ裸で眠っているあたしに一言かけて車に乗って出て行った。どこどこに行ってくるのどこどこの部分があやふやで聞き取れなかったけれどもうどうでもよかった。もう休みでも一緒にどこかに出かけるなんてことはしなくなっていた。セックスもただ穴に棒を突っ込むだけの怠惰なセックスでそれでも気持ちがいい自分がとても情けなくて涙が出そうになった。こんなおざなりなセックスなのになぜこんなにも気持ちがいいの? もうこれはまさに生き地獄だなともおもった。
 今、彼はあたしを情熱的に抱いてはいない。ただそこに穴があったからそんな感じで性処理だけをおこなうのだ。わかっているけれどそれでも寂しいから黙って彼のいいようにされる。本当はいいたいことはたくさんある。どうしてキスをしないのとかどうしてなにもいわないでどこかに行くのとか。それよりも

「あたしのこと好きなのかな」

 こわくて聞けないことぶっちぎりで一番なことだ。いまさらもうと以前彼にはぐらかされた。好きか嫌いかその二択だよ。どっちなのかなとてもしつこく詰め寄った。彼はやや沈黙のあと言葉を選びながら
「わからない。そうゆう話は苦手だ」
 頭を掻きながらそう答えた。あたしはもうなにもいえなくなってそっと黙って泣いた。
 それ以来セックスをするたびに泣いてしまう。気持ちがいいのは体で心では泣いている。心と体が乖離していて脳内はいつもパニックをおこしてしまう。
 情熱的に抱いてくれていたのに今は冷水に抱かれ最後は凍死して死んでいる。
 彼はもうあたしのことは好きではない。嫌いでもない。けれどどっちかといえばあまり会いたくないなめんどくさいしそんな気配が彼の周りに渦巻いている。
 どうして男と女には賞味期限があるのだろう。なんでも賞味期限はあるけれど男と女の賞味期限はきっと一年くらいだとおもう。
 それでもきっとあたしからはさよならはいわない。けれど彼もいわない。こうやってなあなあになって別れずに続くのだろうか。恋やら愛やらそんなことで時間を無駄にしたくはないけれど女である以上その時間は必要で自分という人間を見つめ直す機会なのかもしれない。
 恋や愛は人間にだけにある特権なのだから。

 彼は隣でスースーと寝息を立てて眠っている。綺麗な横顔は今も健在でその稜線を指先でなぞりながら溢れてくる涙を抑えるのが必死でけれど嗚咽を抑えまだ指先で彼の横顔の稜線をなぞっている。
 こんなにもあなたのことがきっと好きなの。だから嫌いにならないで。
 そう願いながら。あたしは彼の横顔をじっと見つめている。綺麗とつぶやきながら。
 セックスだけではなく顔を見ているだけで涙が流れるなんてあなたはとても罪な男ね。あたしはそれでもだらしなく涙と鼻水を流す。

【恋水】 恋のために流す涙

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