雑工
職安の認定日だったので職安に行きたくさんの認定者に辟易しつつも小説を読んで待っていた。なんでこんなにたくさん無職の人が……。と毎回行くとおもい、仲間じゃんという同志感もあり、しかし密過ぎるから大丈夫か? という不安もまた拭えない。
待っている最中、目の前にあった【最新 建設関係 求人情報】が目に留まり、急に修一さんにあいたくなり、メールをした。メールをしてもすぐに返事などくれたことなど今まで一度もないと豪語してもいいほどにない。だから返事など期待しないで認定の手続きが終わるのを待っていた。名前を呼ばれ次の認定日の紙をもらいありがとうございましたとお礼をいって職安から出ようとしたとき、スマホがブルんと震えたので、何気なく見てみると修一さんからだったのですごくおどろいた。
『今から○○を出る。そっち着くの16時くらい』
忙しい? とメールを打っただけだ。なのに時間を指定するということ=あえるということになる。けれど修一さんからは絶対にあおうとはいわない。いわないのではなくいえないのだ。いえば終わり。負けになる。などということを以前いっていた。そうゆう駆け引きみたいなことなんてどうでもいい。わたしはだっていつもいつでもあいたいんだから。わたしもいっとき駆け引きじみたことをしたこともあるけれどそんなくだらないことをしても負けず嫌いの修一さんにとって取るに足らないことだったようだ。
『じゃあいつもの場所で待ってます』と返信を返すとすぐに了解という返事が来、嬉しくなり修一さんからのメール画面をまたスクショした。修一さんから来たメールはなんであろうといつもスクショをしてとってある。なんてくだらないことを。と自分でもおもうけれど修一さんの名前すら愛おしいからがその理由のなにものでない。そんなに愛されているその男が羨ましい。ヘルスのお客さんにそのことについて話したことがあり、そのようにいわれてああそういう見方もあるんだなとおもった。しかしとうの本人はそんなことなど露ともおもってはいない。俺があってやっている。その感覚の方が勝っている。既婚者なのに。
『もういるけど?』
おもいの外はやめに到着したらしくわたしは慌てて待ち合わせの場所に向かった。日差しが眩しくサングラスをかける。車は車検で代車。なんというか運転しづらい。
『ついた』
車が違うので修一さんの隣の隣にいるけれど全く気がつかないのでキョロキョロしている修一さんを何分か眺めていた。うっとりと。別にさほどいい男ではないけれど好きになるとどんなことでも許してしまいドキドキしてしまう。わたしは今でもあうとき鼓動が早くなる。
「おい」わたしはそういいながら助手席のドアを開ける。
「わっ! びっくりした。え? なにできたの?」
「飛んできた」
はぁ? という顔をし、飛んできたって、といい修一さんは笑う。目を細めて。
「なんてね。違うくて。車検でね。隣の隣の軽が代車なんだ」
「へえー。気がつかなかった」
「うん。だって気がつかないようにきたし。作戦成功だ」
なんじゃそら。といいまた笑う。修一さんもサングラスをかけていた。好きがまた溢れだす。なんでこんなにも好きなのだろう。誰か教えてくれ。誰も教えてくれないし、誰にもいえない関係なのに自分で自分に突っ込んでみる。夕方の4時半。まだ十分に日差しが降り注いでいる。春の、香り。花粉の、季節。
ホテルに入り、バックで車を駐車場に入れるとき
「なんでモニターにうつっているのに、みないの? 修一さん」
「え? だってさ、よくわからないんだよね。だからみない」
へえと感心しているうちにするすると一発でバックで車を入れ、したり顔を向け、へへへという顔をする。うまい! わたしは算数で100点をとってきた子どもように褒めちぎる。そんなにぃ? という修一さんもまんざらではない。すごいといわれ喜ばない人はいないし。
部屋に入り、雑談のあと、どちらからかともなくシャワーを浴びに行く。その一連の流れの先にある快楽。わたしと修一さんの求めているものはたったひとつ。同じ快感と快楽。それ以上はなにも望まない。結局不倫ってのは体の相性だけなのだという事実はまさに身を持っていえることだ。こんなリスクを背負ってあい続けているなんて脳が快楽を求めている結果であり、それは中毒といってもいい。
修一さんの背中に腕を回す。腕を回す相手は修一さんしかいない。もっと、もっとと彼を感じ彼を意識し彼を殺したくなる。いつか殺してしまうかもしれない。わたしのものにするにはそれしかない。抱かれている最中。ぼんやりと考え、そしてくだらないとまたおもい、気狂いのように声をあげわたしと彼は一緒にはてた。
「そうそう、日曜さ、雨すごく降っただろ?」
薄暗い部屋の中、ふたり並んで裸のまま喋りだす。まだ余韻が残っている。うん、降ったね。わたしはちょっとだけ息を切らしこたえる。
「その前の日に墨出ししたんだけれどさ、まあ、その現場が水捌けが悪くって月曜に憂鬱を覚悟で行ったらやっぱり憂鬱になるほど水が溜まっててポンプで水を出すしかなくてさ、燃料を買いに行ったり、ポンプで吸ったりって俺ひとりでやったんだよね。そんなことしなくてもいいのに。けど、『ざこし』は急に頼めないんだよ。前もってじゃないと」
大変だったことはよくわかったけれどわからないことがひとつあり、質問をする。
「そっか。大変だったんだね。で、『ざこし』ってなに? なんの職業なの?」
ああ、それかというふうにわたしの方に顔を向け言葉を続ける。修一さんの手がわたしの腰にあたる。冷たい手。
「『ざこし』は『雑工』っていってさ、まあ、建築のなんでもやさんって感じかな。掃除とかそうゆうことをしてくれる人たち」
「『ざこし!』」
わたしは何度でもいう。ざこし、ざこしと。
「建築用語ってたくさんあるね。おもしろい」
「そうだな。うん。クレーンとか運転したこともあるよ。俺」
「え? 運転出来るの?」
まあな、といい笑う。無免だけどねと付け足して。
「へえ。わたし、クレーンの免許取ろうかなぁ。職安でね、建築業界の求人とても多いんだよ」
天井をまた見上げ修一さんは大あくびをし、あっ、口の横が切れたとひとりごとをいう。
「本当は修一さんの助手になりたいんだけどね」
「はぁ? ってゆうかお前さ雇っても使いものにならないし」
ええ〜! わたしは頬を膨らませ怒ってみせる。使いものになるのは体だけかよとおもいながら。わたしはクスクスと笑う。
「なんで笑うんだ」
空気が心地よかった。寒くもなく暑くもなく。冷房も暖房もいらない。ふたりの間にはなにもいらない。いるのは体だけ。心は、もうどうでもいい。わたし達は今確かにキスをし愛しあった。それだけで、いい。
「シャワーしてくる」
「あ、わたしも行く」
ベッドからふたりして這い出る。出たあとのベッドは乱れており、それでいてまだ男と女の匂いがたちこめており、けれどそこにはもう誰もいなくてとてもさみしげに見えた。わたしはそこから目を逸らす。見なかったかのように。
「体洗ってやるからー」
修一さんが大声で呼んでいる。はーい。わたしは間延びの返事をしシャワーのある浴室に入ってゆく。
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