おもい・おもわれ

 連休明け。なんとなく彼からメールが来るという変な自信があった。もうあたしからはメールをしないと決めていてメールが来たら返事を返すなり会うなりそうゆうあとのことは彼に全て委ねようとこの前から決めていた。
 どうしても終わりにすることが出来ない。出来ないとゆうか出来そうにないし彼はあたしの切ない気持ちなどおかまいなしに身勝手にメールをしてくる。
『あちい』
 夕方の4時。あたしはパソコンと向き合っていて仕事に追われていた。ぶるっと震えたスマホがなぜか誰からかとわかった。スマホの画面に目を落とし、やっぱりなと予感が確信に変わった。けれどさほど以前のようなあたりがピンク色のお花畑だなんていうことはなくなった。好きすぎるから好きに変わり好きからやや好きにそして今は好きでも嫌いでもないと徐々に変化と遂げていった。
 だから会わなくても苦しまなくなった。涙も流さなくなったし彼のことに至ってはかなり強くなったと自分で感じる。どうにもならない人。決して手の届かない人。あたしの小さな脳みそはやっとそのことを理解したらしい。
『熱中症に気をつけて』と返すと『はい』と来て『仕事?』とまた来て『終わるよ』になり『いつものところで待ってる』になって結局またあたしと彼はホテルのベッドの上で抱き合っている。

 どうしてなのだろう。何度したかわからないのにすればするほど良くなってゆく。あたしの穴は彼の形状になる。彼のものをあたしは体で覚えているし彼の全てが何もかも愛おしくて仕方がない。声がつい出てしまう。き、気持ちがいいよ……の言葉は彼の唇にて塞がれてしまい一切愛にまつわる言葉などないものにしてしまう。抱くためだけに忙しい中家庭がある身分であたしに会いセックスをする。かなりリスクが多い危険な行為を。それでも彼はあたしを快楽という地獄へ突き落とす。突き落としても彼は決して手など差し伸べてはくれない。落としっぱなしだ。這い上がる頃にはもう彼は作業着を身に纏い帰り仕度をしている。あたしはまだ広くて真っ白なベッドの上で裸でぼんやりとしている。ちょうどベッドの上の灯りがスポットになっていてあたしだけが光っている。天から降り注ぐ光に手を合わせ、神様、あなたはなんで残酷なのでしょうなどどいう仕草をしてみたけれど彼はスマホでYouTubeを見入っていた。
「あのね。今日ねとても良かったんだ」
 あたしの声だけが部屋に響く。彼のいる位置は暗いから。
「なにが?」
 声だけがまた返ってくる。スマホの灯りがやや揺れているのがわかる。
「セックスが」
「バカか、はよ、服着ろ」
 含み笑いをしている彼の声は震えていた。彼もまたそう思ったのかもしれないしただ単にYouTubeを見て笑っているのかもしれない。
「こんなんじゃ離れることが出来ないよ」
 あまりにも小声で放った言葉。ややあって彼の吐くため息が部屋の中を駆け回る。
「離れたいのなら離れたらいい」
 はい? あなたはそれでいいの? 喉のそこまで出かかっていた言葉を飲み込む。
「冷たいね。そんな単純なことじゃない。あなたはあたしの中にいていつもいて前になんか進めない。あなたを殺すかあたしが死ぬかそうしないともう無理なんだよ。あなたはあたしの中に種を植えてそれが長い年月をかけて育ってしまったから。わかる?」
「わからない」
 半分涙声になっていてああやばいこれはめんどくさい女になってるわと自分で悟る。
 あたしは光に照らされたままその場で蹲った。悲劇のヒロインじゃね? そんなことを考えながら。彼はまだ黙っている。また始まった。めんどくさいなそんな顔をしているのが見なくてもわかる。
「もう疲れた……」
 もどかしさに吐きそうになる。彼があたしの隣に来て、帰るぞと腕を掴む。キッと彼を睨んで腕を振り払う。わかったからといい残して洗面所に向かった。
 セックスのせいで別れることが出来ない。繋がるという行為は時に残酷でときに幸福をもたらす脳内麻薬だ。
 またな。彼は車から降りるあたしに声をかけ去ってゆく。さっき掴まれた腕が今でも痛くけれど胸と心を掴まれた方のがもっと痛いことなどとうの昔に知っている。

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