2月20日 つむぎとみき

「パパがいいの!」「パパーねぇーいいじゃん〜?」
 ママが連れてくっていってるだろ。別にパパじゃなくてもいいじゃんか。逆に。
「えええー。だってママだとさ、終わってからアイスも買ってくれないしさだからコーラーももちろんダメ。いいのは伊右衛門だけだし」
 隣にいる樹までもがお姉ちゃんの言葉にうなずいている。でもねぇ。俺は顔をしかめつつ腕を組んで今からさ仕事関係の人と会うんだよと子どもたちにいう。本当は女に会うのだけれど。といっても紬と樹は は? あっそなんて顔をし流すだろうとも思う。いや流すだろう。
 なんでだろう。嫁には平気で嘘はつけるのに子どもたちの無垢な瞳に見つめられるとどうしても逡巡をしてしまうが何せまだ小学5年と3年の幼子だ。逡巡をしている俺などを見ても認識などできやしない。
『裏切り……、なのかな。苦しいのはきっとあなたね』
 先週ミオリにあったときベッドの中で唐突にいわれそんなことをいうこと事態初だったのでまたしても逡巡した。ミオリは今まで決してわがままや家族のことなど訊こうともしなかったしまあ世間でいうところの『都合のいいやるだけの床上手の可愛い猫』あまり喋らない癖にベッドの上では別人になり娼婦になり俺をこの俺を無抵抗にしたまま口だけでイカしてしまう。その度に腰が浮きだち立てなくなる。無抵抗でこの浮遊感。これを味わった俺はいつもその日の夜自分で慰める。隣で眠っている嫁の寝息を聞きながら。
「もう行くよー」嫁が大声で叫んでいる。今から2時間半。スイミングに連れて行くのだ。看護師の嫁は木曜日は休みで夕方子どもたちが学校から帰ってきたタイミングで連れていっている。先々週嫁にたまにはパパが連れていってといわれ断る理由もなく連れて行き帰りにイオンでソフトクリームを買って食べさせた。デザイナーの俺はほとんど在宅ワークだ。それがいいのか悪いのかよくわからないが少なくとも嫁は俺が浮気をしているということは知っているような気がする。

「ホテルであってホテルで別れてー」そんな歌があったねとミオリが顔を覗き込む。ああ、あったな。てゆうかそれ超昔の歌じゃんか。そっかぁー。ははと笑う白い歯が綺麗だなと思う。
「ヤスのうちから歩いて5分のところにホテルがあって良かったね。ミオリはその倍の時間がかかるんだけれどね」
「なにそれ? 嫌味か? じゃあ会うのやめてもいいんだけどね。俺は引き止める筋合いもない資格もない結果何もないお前を決して幸せにできない」
 毎回といってもいいほどこの台詞はいっている。いっている理由は決して彼女は俺から逃げていかないという自信と彼女が俺を好きだからだ。悪いヤツ。俺って。なんて悪いヤツだ。遠方からホテルに来させあって身勝手なセックスをしミオリをめちゃくちゃに虐め首を絞めたり噛み付いたりする。それでもそんな虐めみたいなことをしても涙は見せるけれど決して弱音と別れてという言葉は吐かない。挙句ホテル代まで出してくれる。俺と同い年の女。
「わかってるわ。好き。抱いてくれるだけでいいの。これが精一杯のわがままなの。あなたには何も求めない。ただ抱いてくれればいいの」
 先週と同じ部屋に入ったことに今気がつく。先々週はあってない。その前は? その前の前は。俺は困惑している。現実と夢の狭間でひいては虚構の中で生きている気がしてならない。ミオリを愛していないといえばこれは嘘になるけれど紬や樹を愛しているという意味は全く別物だ。嫁はもうさみしいかな愛はなくあるのは情だけだ。
 抱き合っているとき決して「好き」だの「愛してる」だの甘い耽美な言葉は嘘くさいし無責任すぎていえない。けれど彼女は容赦無く自分の理性の言葉を直球で投げてくる。重い。とは思わない代わりに哀しみと哀れが入り混じりもう彼女の背中に噛み付く以外の愛情表現が見当たらない。俺はこの先どうなってしまうのだろう。このままじゃいけない。わかっている。不倫は文化なんかじゃない。禁忌で泥まみれで抜けれない蟻地獄なのだ。
「近いけど送ろうか」
 スイミングから帰ってくるまでに帰らないと怪しまれると前もっていってありミオリは下着をつけながら俺の前をウロウロとする。ああそうだなの声に覇気がない。腑抜けになった俺。
「あのね、訊いてもいい?」
 え? 俺はなんだろうと身構えて続きを待つ。
「子どもたちの名前ってなあに?」
 なんだ急にと思いつつそんなことかとゆっくりとベッドから這い出る。
「つむぎとみき」
 しばらく間ができる。つむぎとみき、つむぎとみき。ミオリは2度ほど子どもらの名前を呼んだ。
「かわいい名前だね。今どきだね」
 ふふふ。ミオリの顔はけれど笑ってはいなく青ざめた顔をしている。視線はペタンコのお腹に視線がうつる。
 ま、まさか、
 俺は急いでシャワーを浴びにベッドから立ち上がる。まさか、そんなことって。
 ミオリはたぶんとそこまで考えいやいやまさかなと首を横に降る。
 35歳。独身。ばつなしの元同期。
 俺は顔からシャワーを浴びる。つめてっ。水が出てきてあ、ミオリのやつ意地悪したなと憤怒しつつどうしょうもない苛立ちとわななきが冷たい水が針のよう顔に容赦無く突き刺さる。きっと俺が出たら手紙があって『先に帰ります』の手紙と精算済のレシートが置いてあるに違いないのは見なくてもわかっている。わかっているけれどきっと俺は狡いから手紙は見ないだろうとそんなところまで想像できる。
「パパっ! 大好き」と抱きついてくる紬と樹。
 俺は。俺は、大嫌いといわれた方がいいと心の底で願っている。

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