ロゴ入りTシャツ

「暑いな」
 暑いという単語をあってからもうかれこれ10回はいっている。
 修一さんはなぜか胸のあたりに『Orange』と赤い文字で書いてあるTシャツを着ていた。
 いつも、作業着なのでちょっとだけ新鮮さがあった。どことなく緊張感がなくなっている気がすし顔が弛緩をしている。
「暑いから着替えたんだよ」
 なんでTシャツなんだということを訊くとそうこたえが返ってきた。
「へー」
 午後3時。
 おもてはうだるように暑い。わたしはいま修一さんのカローラワゴンの助手席に乗っている。
「お盆休みってあるの?」
 あえるわけなどないけれど質問をする。
 うん? 眉を気持ち持ち上げて、業者が休みだからさ、休みだよという。
「へー」
 さっきからわたしは『へー』ばかりいい、修一さんは『暑い』ばかり口から言葉を吐き出している。たまには『好きだ』とかいってくれたことがない単語を聞きたい。
 ホテルにいき、いつものように抱かれる。抱かれることで愛を錯覚をしている。それでもいい。わたしは流されないよう必死に修一さんにしがみつく。
 終わって背中を向けている修一さんの左肩のあたりにわたしがつけた爪痕が真っ赤になっていた。もしも。と考える。たまたま今夜奥さんが修一さんの背中をみたら。今夜修一さんの奥さんが抱いてといってきたら。わたしが残した痕跡に気がつくのだろうか。
「いつまでこんなふうに抱き合うのかな」
 背中に向かって声をかける。いくら待っても修一さんからの声は届かず、おとなしい息遣いだけが部屋の中に響いていた。

「この泥棒猫!」
 顔を平手打ちされ、足でお腹を蹴られ、蹲ったわたしに追い打ちをかけるように髪の毛を引っ張った。
「おまえはいったいどうゆう神経をしてるんだ。死ねよ! なぁ! ひとの旦那と寝といて!」
 男の奥さんが男とわたしのアパートに来て喚きながらわたしに暴力をくわえた。男はしかしわたしを一度だけかばった。
「そんなくだらない女かばうな! おまえも一緒に殺されたいのか!」
 この嫁はしかし、女だけれど異様に言葉使いが悪く、わたしは自分のしたことを棚に上げてだけれど女として同性として恥ずかしかった。わたしはやっていることはえげつなかったけれど、言葉使いだけは幼い頃から厳しく育った。男の人におまえだなんて絶対にいえないし、女の人にだって誰々さんや誰々ちゃんとさん付けでしけ呼べない。
 過去、不倫がバレたときに起こった出来事。
 そのご、奥さんはうつ病になりパートを辞めたと聞いた。もう何十年も前の話。わたしはどうしてこうも奥さんのいる人ばかり好きになってしまうのだろう。他のものだから? きちんとした恋愛だけでは満足できないのだろうか。
 普通じゃない。その奥さんになんどもなんどもいわれた。
 異常だとも。
 奥さんのいる男を好きになるメリットなどはまるでない。そんなことわたしが一番わかっている。わかっているのに……。
 あの男とはそのご一切あってはいない。奥さんに『もしこの先、あったら、おまえの子どもを殺す』とおどされたからだ。
 好きだった人。いまでもたまにふとたまにおもいだす。

「そういえばさ、髪の毛切ったのか?」
「えー今さらいう。それを」
 わたしは笑いながら修一さんに抱きつく。
 なんかさおまえいつも髪型が変わるからよくわからなかったけれど、今回はわかるぞと笑いながらいい、けど似合うよとつけたす。
 ふふっ、ありがとう。わたしは照れる。
「さっきね、夢みてたの。奥さんに殺される夢」
 まだおもては明るくけれど、遠くの方はやや群青色に変化をし出している。綺麗な空。
「殺される? 俺? おまえ?」
「さあね。ひみつ」
 車は流れに乗って待ち合わせの場所に到着をする。わたしはけれど降りない。
「どうした?」
 黙ってしまう。けれど、確かめたくて勇気をふりしぼる。
「修一さんはわたしのこと好きなの? たまにの確認ね。深い意味なんかないわ」
 深い意味。いや、深いだろとおもう。重いとも。
「いわなきゃダメか?」
「はい」
 明らかに困惑した顔だった。たまにはいい。わたしだってわがままをいいたいときはある。女だから。
「嫌いだったらあわない……っていえばいいのか? 他になにが欲しい? なにを望む?」
 泣きそうだった。不穏な空気が車内に流れる。AMラジオから懐かしい歌が流れてくる。ウインクの『愛が止まらない』だった。
「さようなら」
 ドアをガチャっと開き降りようとしたけれど、またふり返って修一さんに抱きついた。
「さようなら」
 小声で呟く。
 修一さんは相変わらず黙っていたけれど、わたしの体を薬局の駐車場できつく抱きしめ髪の毛を撫ぜてから、いけよ、ととてもさみしそうな声を出し、決してわたしの顔をみようとはしなかった。
 夕方色した空はもうすっかり群青色の割合が多くなり空を見上げるとカラスがカーカーと鳴いていた。
『あーなたにドラマはーじまっている……』
 なつかしい歌。わたしはなんとなく口ずさんだ。

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