見出し画像

従う

 その男はわたしになんでもさせた。あってすぐシャワーもしないまま洋服を脱ぎ体中、頭から足先まですべて綺麗に舐めさせた。舐めたあとはわたしを裸にし、赤色の麻縄で拘束をし床にコロンと転がした。扱いはそれこそぬいぐるみ以下だった。臀部を軽く蹴られ、それから顔を本気で踏みつけた。
「きたない顔を見せるな」
 男はいつもわたしの顔を「きたない」「みぐるしい」と罵った。罵ることは男の一種の快感だった。だからわたしは「すみません。ごめんなさい」と泣きそな声で謝った。実際わたしは本当にきたなかったのかもしれない。
 いつも男の視線や態度、言葉を気にして接していた。
 拘束をされたままわたしは犯された。下の穴を特に犯した。
「力を入れるな。力を抜け。息を吐け」
 は、はい、泣くなときびしくいわれていたけれどそのときだけは泣いた。痛くて、虚しくて、泣いた。

 わたしたちは別に恋人同士とかではなかったけれど、こういったパートナーであり、一番信頼出来る関係性だった。とおもう。
「ねぇ、」
 拘束された赤色の麻縄はまだ解かれてはいない。隣にいる男に声をかける。縄、解いでよ。というのではない。縄はむしろ解かないで欲しかった。いつも。
「ん?」
 行為が終わると男は途端に人が変わったよう優しくなる。なんだ、男はわたしが話だすのを待っている。わたしは息を吸い、吐いてから、口を開く。
「なんで、わたしにこんなひどいことばかりするの? キスだって一度もしてくれたことないでしょ? キスしてほしい……よ」
 今までそんなことを口にしたことなどなかったので男はおどろき閉口してしまう。なんでって、なんでだろう。男は困惑をする。そして体を起こし、わたしにかかった縄を解きながら、つづける。
「お前を……、」
 お前を? わたしはくりかえす。縄のあとがばっちりとついている。お腹にはキスマークも。たくさん並んでついている。
「見てると、イライラする。なんでだろう。無性にイラつく。だから蹴ったりする。お前は別にきたなくなんかないし、綺麗だ。でなきゃお前なんか相手にしない。俺はモテるし。なんでお前にこんなに執着しちゃうのかよくわからない。お前が文章を書くからなのかもしれない。お前は俺を書いている。その中にいる俺がお前の書く文章の通りにいじめている」
 そんなこと、聞いてないよ、わたしは小声になり、とうとう泣き出す。
「キスはしない。ってゆうか出来ないんだ。おふくろが、昔俺に毎日ってほどキスをしてきた。舌まで入れてきた。小学6年くらいまで毎日」
 え? 衝撃的だった。嘘でしょ? と声にだし、きもっ、は心の中で叫んだ。
「だからキスは嫌いだ。以上」
 言葉が宙に浮きすぎて見当たらなかった。なにをどうこたえていいのかわからない。母親、キス、性的虐待? いくつもの単語がわたしの小さすぎるその脳みそ中を暴れまくる。
「じゃあ、」
 男は泣きそうな顔をしわたしを見つめる。じゃあ、なぜわたしだったの? と聞こうとしやめる。
「なんでもないよ」
 どうしていいのかわからなかった。好きでもなくかといってわたしを縛ってくれる相手。縄師の男。
 拘束をされ罵倒され蹴られ踏みつけられ、縛り上げられることでわたしはわたしであるということを感じていた。痛くても我慢し、痛いことが快感になり、痛いことでなんとか息をしている感じだった。
「そんなことどうでもいいわ。けど、けどね、わたしをいつまでも縛っていて。お願い」
 ふっ、と男は鼻で嗤い、なんだそれはと苦笑する。けれど。けれどそれが最後の日になった。
 男とはそれ以降連絡が途絶えた。わたしの質問がいけなかったのかキスの思い出を話してしまったのがいけなかったのか男はもうわたしの前にあらわれることはなかった。
 物書きであるがために少なくとも3人ほどの男を失っている。読まなきゃいいのに。バカじゃないの。わたしはそうおもうも書くことはやめられない。
 あの男は今どうしているのだろう。SだったのかもしかしてMだったのか今さらだけどよくわからない。赤色の縄が引き出しの中から出てきてあの男のことをふと思い出した。しかし、なぜこの麻縄は赤色なのだろう。わたしの血? まさかね。わたしはクスッと笑いながら赤色の縄をまた引き出しに戻した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?