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なかなおり

 なおちゃんとなんとうなく喧嘩っぽいことになって向こう2週間と2日。全くメールもない。(誕生日の日に約束をすっぽかされた)もっとも。もっとも今までだってメールなどしてきたことなどはないしむろん電話もない。
【なんで付き合ってんの? それってさ、付き合ってるっていえんの? おかしいでしょ? 普通は】
 女友達にLINEで相談したらあたりまえの辛辣なこたえがかえってきてぐうの音も出ない。
 普通は。かぁ。ともう一度読みかえす。普通っていったいなんだろう。今までのあたしらは普通ではない範疇だったのだろうか。
 もしもこのままだっらたらきっと自然消滅をしてしまう。それなら仕方がないと思いつつ痛む胸をおさえて日々やり過ごしてきたけれど、台風が来るとわかった夜。怖くってついメールをしてしまった。
【今夜いってもいい】と。
 普通の男あるいはおかまでも【台風だよ。どうやってくるの?】みたいなメールを寄越すじゃない? はたしてなおちゃんは【うん】だけだし【わかった】はついでという感じで添えられていた。
 こうゆうたちってわかっているため腹もたたなければ食欲も失せず吐き気もしないし胃も痛くならない。ちょうどフーゾク時代の常連のお客さんから会える? とメールが来たのでうんいいよけど●●まで乗せて行ってねとつけたしいいよとなって適当にお客さんを相手してなおちゃん宅に合鍵で入った。午後の3時。あいまいな時間はけれど雨がザーザーで急いで洋服を脱いで洗濯機に放り込む。なおちゃんはしかしいない。とりあえずメールをしておく。【おじゃまします】と。勝手に入ってもいいよ。そういわれてはいるけれど一応礼儀として「おじゃまします」やら「さようなら」はいうようにしているし「上品そうな家柄」とか「律儀だね」などといわれたことがある。まあまったくもって違うんだけれど。なおちゃんの方が「上品で」あり「素直」で「腹黒くない」のだけれど。
 雨に打たれたからなのか着替えをしてもプールで寒くてガタガタ震える小学生のようになっていて万年床の布団に潜り込む。なおちゃんの匂いがしてそれは懐かしいというよりもあたしの安定剤みたいな催眠効果をあらわす媚薬となってつい眠ってしまった。
「あ、起きたの?」
 急に瞼の上が明るくなっておどろいてゆっくり目をあけるとそこには作業着姿のなおちゃんが座っていた。
「え? 今日仕事だったの?」
 久しぶりに見るなおちゃんをやはり好きだと思ってしまい自分の意識にどこかほっとした。なおちゃんはそうだよ。参ったよね。こんな日に。と顔をしかめる。
「そっか。おつかれさま」
 あたしは布団から出てなおちゃんのそばに近寄った。んんん。なおちゃんは後じさる。なんかいいたいのか? そんな胸の内が聞こえなくもない。けれどあたしはなおちゃんの首に腕を回す。そうして、あいたかったのと告げる。なおちゃんは石になったみたいに動かない。しばらくそうしていると
「この前はごめん」
 心もとない声が耳の中に入ってきた。許さない。あたしは威嚇をする。許して。だって。急にゴルフだったし。だから、なおちゃんは今にも泣きそうな声になっている。女性の扱いが下手なのでうまく言葉にできないのだ。そんなことなど百も承知だ。なにせ長いことつきあっている。
「嘘。怒ってないよ。ケーキ食べる? この前お祝いできなかったから」
 さっきローソンで買ってきたやつで悪いけどとつけたす。
「うん。ありがとう。けど先にビールいい?」
 いいよ。という顔を向けあたしはうなずく。毎週毎週会わない日などなかったのでその夜のおこないは濃くっていやいや飲み過ぎでそれどころじゃなくあたしを散々おもちゃにしなおちゃんは満足そうにして眠りについた。酔うとしつこくなるし容赦がない。
 雨風が雨戸を打ちつけときもに家をゆらすし音もゴーゴーと合唱を始め長い夜が始まった。なおちゃんは無防備な寝息を立てているけれどあたしはなかなか眠りの誘惑に誘われず暗闇の中スマホの懐中電灯を使って吉田修一の文庫本を開く。
「若い男性の精子は自然現象だけれど中年のそれはどうしてだか別のなにか。愚痴にしか見えない」
 へー、あたしはつい納得をしてしまう。精子の比喩が『愚痴』だなんて。なおちゃんは今日愚痴をだしてない。きっと最近一人で愚痴をだしたのかもしれなしただの酔っ払いなのかもしれないし男性の生理などあたしにはわからない。
 吉田修一が好きだけれどなおとも好きだよ。あたしはその横顔の頬に指をさす。あいかわらず雨風はおとろえない。あ、保安灯が消え冷蔵庫の音も停まった。停電になったようだ。

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