ヤリチンEpisode Note.10西船橋アフタヌーンロマンス
もうしばらく僕は、横浜と東京の狭間に住処を構えている。
横浜は好きだ。街を歩く全ての人に、
何か恋愛のストーリーを感じることができる。
そんな街から、日々職場のある渋谷に出て行くと、思わず気分が滅入ってしまうのだが、、
なんとなく、もうなれてしまった。
「慣れ」を知ってしまった僕ら人間は、どうしてこんなにも新しいものに逃避ともいえる執着をするのだろう。
何不自由なく、生きていける。
欲しいものがあれば、買える。
家族は安心した様子で今日も愛しく、愛に満ち溢れてる。
それでもこんなに終わっているのは、なんでだろう。
僕の仕事は、ベンチャー企業でマーケターというポジションだ。
仕事をするのは職場がやはり一番気が落ち着くものの、
やはりアポイントが入ってしまうと、僕は女性を優先する。
仕事が言い訳で、パートナーと会わない選択肢を取るようになってしまった時は、なるべく早い段階で「お別れ」を告げるようにしている。
だって僕だけじゃない。お相手の時間も無碍にしてしまうから。それって多分とても非効率なんだ。
この日は3回目の密会の日。
僕の住まいは横浜と東京の境。
彼女は千葉県と東京の境、西船橋という街に住んでいる。
女性にはあまり、足を使わせたくない僕は、朝からしっかりワックスを決め込んで、西船橋の駅なか、こじんまりとしたベーカリーでコーヒーを啜っていた。
ここのコーヒーはずいぶん渋い。少し煮詰めすぎたような焦げた味がする。
2杯目のおかわりをもらう時間帯に、彼女は真っ白いブラウスでやってきた。
少し痩せすぎた。高身長の美人だった。3度目に瞳の奥に映した彼女の姿は、その細い身体の線を折り曲げて怖しくなるようなスレンダーだ。
彼女はクロワッサンと、コーヒーを頼んで。
僕はたばこを吸った。
特に会話もない。
僕は次の日の商談素材の準備で頭がいっぱいで。
彼女の子供の話やら、今日はおばあちゃんに預けてきたんだ。
とか、そんな話を半ば悲しむような、上の空のような顔で聞いていたに違いない。
僕らは遅めの朝食を取り終えて、
そのままホテルに流れ込んだ。
彼女のセックスはその大人しい喋り方や、顔のおしとやかさからは想像ができない激しさで、僕を責め立てる。
とにかく騎乗位が好きで、僕の胸の下を両手でぐっと押し込んで、
腰をしっかりと埋めていく。
しばらく、温度を確かめるようにじっとしていると。
そっと吐息を漏らして急加速するように、「パンっ、パンっ」と杭を打つように身体にメスを入れていく。
喘ぎ声が、不思議なんだ。
「くはっ、、かはっっ」と
鳴かず飛ばずのスズメのような、、情けない声を漏らす。
僕はその不思議で、激しい音声の中でいつも心地良さに溺れていた。
僕らはことが果てると、少し物足りない空気の中で、閉じていたホテルの和紙で包まれたような開き戸を少し広げた。
縦に突き刺すような、光が、一本部屋に差し込む。
確か外はもう、昼下がりの時間帯なのに、その光はオレンジ色に差し込んでいて、僕はノスタルジーに襲われた。
なんのこともなく、学校をサボって、夕方まで天井を眺めて過ごしていたあの日の夕闇を思い出した。
僕は左手を伸ばして、部屋に差し込むオレンジの光を掴もうとした。
彼女も、僕の腕に包まれながら、同じように左手を光に伸ばした。
僕らの両の左手、その薬指にはそれぞれ別の世界で結ばれたはずの指輪が苦しそうに輝いている。
僕らはわざと音が鳴るように、細い光の真ん中で手を握りしめた。
指輪同士がカチンと、鳴って。
どうにもやり場のない哀しさが僕らの無言を包んだ。
僕は思わず、笑ってしまった。
頬を釣り上げたまま、彼女の顔を覗き込んだ。
彼女はどうやら笑えないようだ。
しばらく僕の腕でうずくまって、胸が涙で濡れているのがわかった。
光の中のアフタヌーンが過ぎていく。
僕はこんな、救いようのないロマンスこそ美的だと思う。
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