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36、ルカとの再会

ルカは私を見つめたまま静かに笑っている。

私は呆けた様な気分になった。
場所も時間も分からないこの惑星に立つ私。
そんな私の眼の前にルカが立っている。
これは本当に現実なのだろうか? 
私の頭がオカシクなってしまっただけだろうか? 
眼の前に立つルカの姿は幻でなはいだろうか?

ルカは微笑んだまま私に右手を差し出した。

「私達、『はじめまして』だよね?」
 
はじめまして……。
確かに、アナとしての私がルカと会うのは初めてだ。
心臓の鼓動が速くなる。

「……はじめまして」
 
私はおずおずとルカの右手を握った。
――滑らかで柔らかい綺麗な手。
それにとても良い匂いがする。
長い間、黒い空間に閉じ込められていたとは思えない。

「アナ、あなたのおかげで黒い空間から解放されたわ。ありがとう」
 
ルカは微笑んだまま私の眼を見つめた。

「ううん、私こそありがとう……」
 
私は眼を伏せ、照れた子供の様に答えた。

「ルカのおかげで大宇宙神を助ける事が出来た。アナに戻る事も出来た。ありがとう……」
 
私はもじもじとしながらルカの顔を見る事なく答えた。
――ルカの顔を見て話すのは恥ずかしい。
 
ルカは周囲を見渡した。

「……私、気が付いたらこの星に来ていた。地球に似たこの美しい星に……。それで、きっとアナもこの星にいると思って――」
 
ルカが私の身体を抱き締めた。

「やっと……やっとこうして会えた。やっと……。長かった」
 
ルカは泣き出してしまった。
私の耳元で鼻をすすり上げ、肩を小刻みに揺らしながら……。
泣いているルカの身体を直に感じていたら、私の眼頭も熱くなってきた。
 
確かに長い長い時間だった。
ルカが黒い空間に閉じ込められてから三千年という長い時間が経過した。
――いや、三千年どころではない。
私がアナ・ウロングクスヌク・ピエトリ・ユタという神として大宇宙神を追いかけている時間も含むと、ルカが黒い空間に閉じ込められてから数万年、ひょっとすると数十万年という時間が経っているのかもしれない。
神として大宇宙神を追いかけていた頃の私の時間感覚としては、数十万年という時間はたったの数時間という感覚だったけれど、普通の人間のルカにとっては数十万年という時間はそのまま数十万年という時間だっただろう。
数十万年という気の遠くなる時間、ルカは絶対の孤独を強いられていたのだ。
 
私はルカの身体を強く抱き締めた。

「苦しかったね。ルカが一番苦しかったと思う」

ルカは一体、どの様な思いで数十万年という時間を過ごしたのだろうか? 
何度シンの事を考えただろうか? 
何度家族の事を――タケシやサヤの事を考えただろうか? 
何度自殺を試みただろうか? 
ルカの苦しみに思いを馳せると、胸が張り裂けんばかりの気持ちになる。
あぁ、神よ、なぜルカにそんな酷い仕打ちをしたの!

「アナ?」
 
ルカが私から身体を離した。

「……何?」
 
私は両手でルカの肩を掴み、眼を見つめた。

「……一番苦しかったのはアナ、あなたよ」
 
ルカはそう言って微笑むと、私の両手をそれぞれ握った。

「あなたは独りで多くの困難を乗り切らなくてはならなかった。生まれてきた幸福や喜びを何一つ知りはしないのに、なぜ自分が存在しているのかも分からないのに……」
 
ルカの眼から涙がこぼれた。

「あなたは私やシン君、モノノリやアオノリと協力して世界を救わなければならなくなった。それもアナ自身の幸福の為ではなく、自分以外の他人の幸福の為に……」
 
ルカは眼を伏せた。

私はルカの肩から手を離した。
ルカは顔を上げて私の顔を見た。
なぜだろう、私は罪悪感を覚えた。
私は何か知られたくない秘密を指摘された様な気持ちがした。
もちろん、ルカが私の気持ちを分かろうとしてくれているのは嬉しい。
でも、そもそも私が破壊の神から十四歳のアナに生まれ変わらなければ、生まれ変わらなければいけない様な事をしなければ、私に困難は訪れなかった筈。
おそらく私が苦しむのは自業自得なのだ。
でも、私は一体どんな罪を犯したのだろうか? 
それが思い出せない。
私はルカから顔を背け、辺りを何とはなしに歩き始めた。

「ルカは全てを知っているのね? 神だった頃に私が行った全てを」
 
私はその辺りに生えている草を、手で薙ぐ様にしながらルカに尋ねた。

「うん。大宇宙神が教えてくれた」
 
私は立ち止った。
大宇宙神……大宇宙神が私をアナとして生まれ変わらせたのに違いない。
そしてアナとしての私に多くの試練を与えたのだ。

一体、何の為に!
 
私は泣き出しそうになり両手で頭を押さえた。
――ルカの視線を横顔に感じる。
私は両手を下ろすと何事もなかったかの様にその場で草の先端を手で薙いだ。

「……ルカ?」

「何?」

「ルカは私がずっとシンの傍に存在していた事も知っているの?」

「うん」

「……私がシンの身体の中に入り込んでしまった事も?」

「うん……全て知っているよ」
 
私は草を薙ぐのを止めた。私は罪悪感の為に胸が苦しくなった。

「……ごめんね。ずっとルカの事を騙していて」
 
私はルカの眼を見た。

「一緒にデートしたり、桜木からお父さんを助けたりしたシンは、シンの身体を借りた私だったの」
 
ルカは黙って私の話しを聞いている。

「あの時――黒い空間が南大川駅に現れたあの時、ルカは私に色々尋ねたよね? 『シン君が知っている事を全部教えて欲しい』って……。あの時、私の事も話そうかと思ったけれど――」

「アナ、私は怒ってなんかいないよ」
 
ルカはクスッと笑った。

「怒ってなんかいない。むしろ感謝しているよ。アナは一緒にお父さんを助けてくれた。サヤやお母さん、それから――」
 
ルカは言葉を詰まらせて俯いた。
でも、すぐに顔を上げて微笑んだ。 

「それから、ずっとシン君を助けてくれた。何度も何度もタイムスリップを繰り返して、何度も何度も孤独になって……。ありがとうアナ」
 
ルカは私を見つめたまま涙を一筋こぼした。

「ありがとうだなんて、そんな……。私はただ……」
 
私は両手で顔を押さえた。

やめて、ルカ。
ありがとうだなんて言わないで。
そもそも私が存在しなければ、誰も苦しまなくて済んだの。
全部私のせい、皆私のとばっちりを受けているだけなの! 
それに今思えば、私は誰かの為に行動をしてきたのではない。
私はただ、自分の存在の意味を知る為だけに行動していたのだと思う。
私は……自分の為に皆を利用してきたに過ぎないの!

私はやおら顔を上げた。

「ルカ、全てを知っているなら教えて! 私は神だった時に一体どんな罪を犯したの!
なぜ私は破壊の神って呼ばれていたの――」
 
すると突然、私の身体が宙に浮いた。
私の身体は地上から一メートル程の高さに浮き上がった。

「え、浮いている! ……ルカ!」
 
あれ、ルカがいない! 一体どこへ――

「アナ、こっちよ」
 
すぐ右隣から声がした。
見るとルカも宙に浮いている。
ルカはなぜか笑みをたたえている。

「アナ、もっと上空からこの星を眺めてみない?」
 
そう言うとルカは私の手を握った。
すると二人の身体がさらに上空へ向かって浮き上がっていった。

私とルカはどんどん上空へと向かっていく。
視界に占める青空の範囲が増えていく。 
ルカは天を仰ぎ微笑んでいる。

「ルカ、これは一体何? あなたの仕業なの?」

「……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。私にもよく分からない。アナを連れて空を飛べると思ったらその通りになったの。私は今、思った事が何でも出来るのかもしれない。ほら――」
 
ルカと私は手を繋いだまま鳥の様に大空を舞った。
髪の毛やセーラー服が風に煽られ、草原や青空がぐるぐると回って見える。
 
私はルカにしがみついた。 

「怖いよルカ!」

「気持ちいいじゃない。思った事が出来るって何て素晴らしいのかしら」
 
ルカはクスクスと笑った。

「さぁ、もっと上に」
 
私とルカはさらに上空へと向かう。
……そう言えばなぜだろう、私は地上から数百メートルの高さを飛んでいるのに寒さを感じない。
……ルカがそうなる様に念じているからだろうか?
 
暫く上空に進むともくもくとした巨大な綿雲が眼前にそびえる。

「ねぇ、そこを通してくれないかな?」
 
ルカが綿雲にお願いをすると、綿雲は一瞬で消え去った。
すると私達を中心にして周囲の綿雲も全て消え去った。
私達の視界を遮るものはなくなり、空は青一色になった。
 
私とルカは空中に静止した。

「ここでいいわ。アナ、あれを見て」
 
ルカは地上の方を指差した。

「え……嘘?」
 
ルカに促され地上に眼を遣った私は思わず声を上げた。
眼下に広がる景色は私の想像していたものと全く違っていた。
眼下には、広大な青い海の所々に島状の大草原が点在している景色が広がっていた。
――そう、この惑星は全体を草原に覆われた緑色の惑星だとばかり思っていたけれど、実際は緑色の草原が海に点在する青い惑星だった。
――地球と似た美しい惑星だ。
 
私の眼に涙が溢れた。
なぜか分からないけれど涙が溢れてくる。

「素敵な星でしょ?」
 
隣でルカの声がした。

「うん。とっても素敵な星」
 
私はルカに笑顔を向けた。
――でも、ルカの姿を見たら私の笑顔は消えてしまった。

「ルカ、その格好は――」
 
いつの間にかルカの服装が変わってしまっていた。
ルカは淡い桜色の着物を纏い、桜色の帯を締め、身体の周囲に桜色の帯状の布をゆらゆらとさせている。髪の毛はてっぺんでお団子にまとめ、桜色の花をくっつけている。
青いボーダー柄の白いシャツや首に巻いた赤いバンダナはどこへ行ったのだろうか?

「……その格好、どうして?」

「さぁ、分からない。勝手に服装が変わっちゃった……」
 
ルカは顔を上げ、ゆらゆらと揺れている帯状の布を眺めている。

「私、まるで天女みたいね」
 
ルカは微笑んだ。
 
そうだ、ルカの姿は天女だ。
天界に住むという女性の天人だ。
淡い桜色の着物は天女が纏うという空飛ぶ羽衣。
ゆらゆらと揺れている帯状の長い布は――確か天衣だ。
ルカは天女になってしまった。

「アナ、私達の住む地球は今どこにあると思う?」
 
ルカが唐突に私に尋ねた。

「どこって……ずっと遠く? ここから何億光年も離れた遠く?」

「違うわ」
 
ルカは笑った。

「実は地球はどこにもないの。地球は今の宇宙には存在していない」

「何それ? 一体どういう事?」
 
するとルカは私の眼をじっと見つめた。

「今私達が存在する宇宙は、地球が存在する前の時代の宇宙なの」

「それって、まさか……今、私達は『前時代宇宙』に存在しているって事?」

「そう」

ルカは頷いた。

「私達は百三十八億年以上も時間を遡ってこの惑星にやって来たの。私達は長い時間、旅をしてきたのね」
 
ルカはそう言って微笑むと、遠くに眼を遣り物想いにふけってしまった。
なぜだろう? 
なぜ、私とルカは前時代宇宙へとやって来てしまったのだろう?

「アナとこの星はどういう関係か分かる?」
 
ルカが遠くを見ながら呟く様に言った。

「え?」
 
私は思わず聞き返した。
ルカが私の方を向いた。

「この星とあなたがどういう関係か分かる?」
 
ルカは私の眼を真っすぐに見つめた。

ルカは何を言っているのだろうか? 
私は生まれて初めてこの星に来た。
だからこの星の事なんて分かる筈がない。
天女になったルカはヘンになってしまったのだろうか?

「アナ?」
 
ルカが私の眼をみつめる。
私は「わからない」といった風に首を横に振った。
するとルカは私と繋いでいた手を離した。

「あ!」

落下してしまう! 
私は全身に力を入れた。

――あれ、落下しない。

ルカと手を離したのに私の身体は浮いたままだ。

「びっくりした。驚かさないで」
 
私は安堵して笑った。
でも、ルカは笑いもせずじっと私を見つめている。

「ルカ、一体どうしたの? どうして黙っているの?」
 
私は探る様にルカに尋ねた。
何だかルカが怖い。

「アナ、この星はどんな星かと言うとね……」

「……うん」

「この星はね、いわばアナの生まれ故郷。アナが神だった時、アナ自身が生み出した惑星よ」

「私が……この惑星は私が生み出した?」

私は眼下を見下ろした。
――広大な青い海、点在する草原の島々……。
私がこの美しい惑星を創り、そしてその全てを統べていた? 
そんな、まさか――

「でもね」

ルカが私を睨みつけた。

「あなたはこの惑星を捨て去り、殺戮の道を歩んでいったの」


➡37、告げられる真実。罪の意識

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