詩論は詩の骨格を支える


                        白島 真

 1970年代初頭から詩を書いてきて、2016年に20年ぶりで詩作を再開し詩集も上梓したわけだが、この数年、詩論の重要性を痛感している。詩論といっても哲学や西洋の言語学者たちの、やたらカタカナの多い難しい話のことではない。自分の詩に対する客観的な見方、分析である。【自分の書いた詩を、読者が自身のドラマとして受け取って貰える詩を書く】は峯澤典子の講演時の言葉だ。
私の大好きな詩人、清水昶が『詩の根拠』で書いたように「生きた詩論」を読むことには、常に実践的な働きかけがある。
まずはいくつかの創刊号と廃刊のお知らせから。

☆『蛍石通信』麻生有里、竹村転子の二人誌。「影」「手紙」「フリー」テーマで各5~6篇。長い投稿経験で詩体が確立しているので、二人の詩形の違いが際立つ。
☆『アンナ』藤本真理子、勝野郁子の二人誌。【あの発見(筆者註・小惑星アンナ)から百三十二年を経た今、(詩)という得体の知れぬ星の言葉とコンタクトすべく、(アンナ)に心身を明け渡した同行二人。】と、これは藤本のあとがき。
☆『滸』(ほとり)(沖縄・安里琉太、高良真美)で沖縄の5人の若手メンバーが集う。ジャンルは詩、短歌、俳句。オキナワというカタカナ書きのイデオロギーを脱し、沖縄に問いをもつことをテーマに舵を切った。
☆『void second』当誌の投稿詩選者だった原田道子編集・発行の第二次詩誌。投稿欄でお馴染みだった数名の力量あるメンバーの名が見える。しっかりとした育成をして戴けるに違いない。
☆『新・山形詩人』ベテラン高橋英司による一次100号達成後の二次創刊。〈詩集は高くて買えない〉など、歯に衣を着せない雑感集が何といっても面白く、さらに過激になることを期待したい。『ACT』(仙台・丹野文雄)にも一部転載している。以上、創刊5誌、おめでとうございます!残念ながら終刊の2誌。☆『索通信』28(横浜・坂井信夫)☆『明朝(あさけ)』8(東京・三田洋)一抹の寂しさを覚える、
☆『季刊iichiko』145(東京・発行・川北秀也、編集・山本哲士)文化資本としての述語制日本語探求ガイドと銘打った特集。日本の論理・技術の地盤には、述語性の文化があるとして、【10年ないし20年後には《述語性言語》は一般語となって当たり前になっていよう。そうならないと日本は危ういとさえはっきり言える。自分の使っている言葉を間違って理解している国がまっとうになるはずがないからだ、自分の言語を取り戻そう。】と山本の冒頭文。ガイドとはいえ、相当難解。
☆『回遊』24(福岡・坂本正博)神原芳之(神品芳夫)『青山記』と冨永覚梁『闇の白光』の詩集評二作とあとがきで構成。前者は副題に「よみがえる想像力」とある。どういうことか、引用する。

「神品がドイツ自然詩を再評価した作業も、系譜でとらえていく視点の提示だった。戦時下での生存を想起する想像力を磨き上げることで、それらの継承がなされてきた。他者の現況を意識できないで、私の自我に閉塞しがちな日本人の中にあって、それを超える一つの典型がここにある。」

そして日本的精神風土との対峙、過去の塹壕堀りと現在の抵抗とを結びつける詩への想像力の必要性を説く。  
一方、冨永の詩集評は、仏教思想に導かれた詩でありながら観念の陥穽におちいっておらず、心の中で反芻できると書く。
 ちなみに同封されていた12月4日付のペシャワール会報、絶筆となった中村哲の文章「凄まじい温暖化の影響―とまれ、この仕事が新たな世界に通じることを祈り、来たる年も力を尽くしたい」に心が痛んだ。
☆『金井直の花の詩Ⅰ』これも同じ坂本正博の文学批評である。20頁近い論考である。花の詩を多作した金井の「桔梗」は敗戦から12年後にようやく形象化でき、さらにその13年後の70年、叙事詩的短篇「帰郷2」を発表。その2篇を中心に論評している。軍備が強化され、自衛隊の海外派兵も実行されていく情況の中で坂本の批評は絶えず現在を問うている。また、そのようであらねばならない。
 ☆『楽詩』18号(岐阜・豊増晴美)詩、短歌、俳句、エッセイの総合誌。私も16号から参加。最初はネットプリントからのスタートだったが、現在は冊子。絵画や書画とのコラボがあったり、朗読会を開催したりと積極的な活動をしている。Twitter利用の書き手が多数。
 ☆『紙風船』3(福島いわき市・木村孝夫)
木村の個人誌であり、毎日のように書き続けている震災詩以外の詩をおくり届けるために編まれた。
      

表札
亡くなった義母の表札が/玄関口に掲げてある
「どうしょうか」
と 言うので
―そのままで

亡くなるということは
全てがこの世から
消え去ることではない

形あるものが
写真や位牌だけでは寂しい

表札が残っていてもいい
知らせは
身近な人には行っている

三人の生活が
二人の生活に変わった

表札を見れば
三人だが
そこに姿や形がなくても
罪にはならない

生前は
曲がった背中を気にして
散歩することを
嫌っていた

今はゆっくりと
家のまわりを歩いている筈だ

特徴ある歩き方だから
すぐに義母だとわかる

ここにたどり着くまで
長い時間かかったが
ほっとしているかも知れない

玄関にはいつも
傘を一本置いておく
雨の日も濡れないで
散歩できるようにと        (全行引用)


 
このような優しい眼差しを持つ詩人が、風化させないためにも震災詩を書き続けていくことは、身を切る辛さと思う。
☆『インカレポエトリ』2「蟹」
 創刊号の経緯などは3月号で紹介したが、早くも2号目。蟹のタイトルは生徒の投票で決定とのこと。インカレ参加の各大学で詩の授業をもつ講師は、朝吹亮二、新井高子、伊藤比呂美、笠井裕之、川口晴美、小池昌代、管啓次郎、瀬尾育生、樋口良澄。3号より永方佑樹が加わる。
☆『飛揚』70(東京・視点社、編集・葵生川玲)
 「明日に見える戦前」と銘打った特集が組まれている。荒木元「幻詩(まぼろし論)―詩の現在」、中村不二夫「明日に見える戦前―詩人たちの敗北の起点」、ともに内容が深く情況を鑑みた論考となっている。葵生川玲「希本・国家総動員史」は戦前から戦中への分岐を知る資料。圧巻は何と言っても金子勝による連載エッセイで、22頁に渡る「天皇の生前退位」のあらゆる角度からの検証だろう。「即位礼正殿の儀」「大嘗宮の儀」の違憲性を立証し、天皇が「元首」になることに警鐘を鳴らす。必読の内容だ。
☆『どぅるかまら』27(倉敷市・瀬崎祐)
 どぅるかまらはオペラ「愛の妙薬」ドゥルカマラ博士から。ラテン語で「甘い」「苦い」を合わせた造語だそうだ。タケイ・リエの詩にガツンとやられた。「虹が立つ」全行。


わすれてゆくように
雨が上がる
家の前に虹が立った
おそれはしない
かくれはしない
ほんのすこしだけ痛い

虹が立った場所には必ず
市場を立てなければならない
土地のきめごと
聞きつける片耳持つ人びとが
泡のようにやってきて
女も男も
なにかを売り買いする
この市場に入ったら
物もひとも
誰のものでもなくなるという

じぶんで作った扇を並べる女
その隣には
狩りをしてきた男
両手に持っているのは
山鳥と兎
きょう初めて
見た  というふたりは
つるつるに
みがかれた顔で
舌を見せあっている

 強烈な文明批判とも読めるし、終行は妙にエロチックでさえある。ひらがなの開き方が見事だ。詩中の世界はまるで神話の生と死のあわいにあるようだ。自身の強固な詩論が無ければこのような詩はかけないだろう。
 他に田中澄子、斎藤恵子、北岡武司。
瀬崎祐は☆個人誌『風都市』37号も発行。
☆『花』77(東京・花の会)
 菊田守亡き後、編集委員長に山田隆昭、副委員長に秋元炯、宮崎亨、編集委員にさらに7名を配し、新しい門出である。評論は水嶋きょうこの左川ちか論。表紙は倉本修、扉画は高島鯉水子。
☆『台地』9(さいたま市・伊藤信昭)
年1回の発行。伊藤の「続・永瀬清子の短章集に学ぶ」で永瀬の6つの詩論を示す。どれも引用したい思いにかられるが一つを引く。「最初はかすかな予感である。次第に揺すれリズムが生まれる」「それは詩人の中にあるのだが、肝心なことは、読者の中にも生じると云うことだ」「いま現代詩においてはリズムのことは忘れられている」  
他に樋口忠夫「現代詩のグレー・ゾーン」。
☆『地平線』67(東京・発行・山田隆昭、編集・秋元炯)丸山勝久の追悼号。

湯呑
裸電球
影法師

消えたものが
霧のように
あつまって来て
さわいでいる

樹が傾いて
ひかりが
谷の方へなだれてゆく

風がはがれ落ちて
指と鼻につもる

布団のうえに
新月

りんごの花が
すなに沁みこんでくる

おれとおんなの
ひとりのよる      (巻頭詩丸山勝久「まつり」全行)

 やはり終行が秀逸でぞくっとする。視線は既に彼岸にあり、青白い冷徹な世界観があるからだろう。演歌に出てきそうなフレーズなのにそう思わせない。
☆『砕氷船』33(滋賀県・苗村吉昭)
 森哲弥との二人誌のようだが、どちらの詩も個性豊かでよく練られている。森の「幻想偏在飛躍鉄道縦覧」はSF風の物語詩で詩の概念を崩そうとしている。苗村の「一本の草」は【ちいさいときに一度だけ見たテレビ番組】で始まる詩篇だが、一筋縄ではいかない。回想のリアルさを装って、実はすべて創作なのかと思わせる節がある。なるほど小林秀雄が言ったように記憶は絶えず捏造されていくものなら、いっそ記憶そのものを創作するのも面白い。当たっているかは分からない。
☆『Rurikarakusa』13(東京・青木由弥子)青木、花潜幸、草野理恵子の三人誌。毎回ゲスト詩人が1名招待され、今回は和田まさ子。和田の冒頭【ひらたい地面の町の/板の上に/思想の杖が/積まれていたことが/かつてあった】は詩集『軸足をずらす』から詩篇「抜けてくる」の引用だが、冒頭だけでただならぬドラマを想起させる。詩誌の折り畳んだ中央に封蝋のようなシールが貼られているのだが、開封の時にいつもワクワクする。
☆『孔雀船』95(東京・望月苑巳)冨上芳秀、尾世川正明、岩佐なを、斎藤貢、坂多榮子、中井ひさ子、望月苑巳の作品が印象に残る。岩佐の銅版画の頁もあり嬉しい。(私は岩佐の蔵書票集を愛蔵している。)
☆尾世川は『虚数と半島』3という個人誌も出しており、長いフレーズの詩は説得力をもち、散文も興味深く読んだ。
☆『詩人会議』1月号2月号(東京)
 1月号は「時代と詩」のテーマで上手宰と柴田三吉の対談が良かった。詩が役に立つ、立たない論など、両者とも大人で手の内もよく知った仲のようで喧嘩にはならないが、微妙な捉え方の違いが分かる。2月号はアイルランドや韓国の海外詩特集。柴田は☆『JUNCTION』113という草野信子発行の二人誌にも参加している。
☆『Donc』3(埼玉県志木市・谷合吉重)谷合の個人誌だが、今号はゲストに有働薫、中本道代、細田傳造、渡辺めぐみ。渡辺の詩篇「声」は沖縄の詩人Y氏からおそらくは末期癌の報告とお別れの電話を受ける。「何もできない 何もできない 何もできない」「虚しい 虚しい 虚しい」と叫び、終行は「言葉が凍って出てきません/まだ東京に雪が降りませんが/ひとつの言葉しか出てきません/生きてください」。渡辺のここまで直截的な感情吐露は珍しい。それを詩として成立させているのは、詩篇全体を俯瞰する客観性があるからだろう。谷合の「朝山夕山」と題された後書きに相応するエッセイは、奥行が深く多彩だ。
 吉増剛造の動向をキャッチする散文や論が目立った。☆『新燎原』33(熊本・小林尹夫)小林の「吉増剛造座談の夕べin熊本」☆『a's』43(仙台市・佐藤洋子)男鹿半島の端の鮎川地方にある吉増の「詩人の家」訪問記を佐藤が記している。 佐藤と同行した広瀬弓は同じ同人所属だし、後に訪ねてきた札幌の中森敏夫は親友であり、私も文中にあるイヴェント「界川游行」のスタッフだった。その時に吉増剛造を招聘し朗読会を開催したのだった。懐かしいと同時に、最先端を走る吉増剛造という詩人の営為を思う。☆『みらいらん』5(平塚市・池田康)発行者の池田と生野毅がやはり「詩人の家」を訪れ、生野が紀行文を書いている。詩も散文も充実した詩誌で野村喜和夫と阿部日奈子の対談ではルネ・シャールについて語られているが、内容が濃い。☆『表象』163~172(山形・万里小路譲)発行は数日に1回というハイペースだが、二つ折りのカラー紙面は、詩や詩集評、絵画評など実にユニークだ。☆『操車場』147(川崎市・田川紀久雄)野間明子「おひなりますまでには」は日常のなにげない会話や洗濯物を干す場面が、いつしか不思議な異界に変わっていくという名作。引用できず残念である。
 詩を組み立てる論理の力を養っていきたいものである。
*文中、敬称は省略させていただきました。

*『詩と思想』2020年5月号のアーカイブです。
 読み易いように詩行はスラッシュを使わず展開してます。


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