初夢日常光速スライド

‪私は夢を見ない。見ないというのは恐らく誤りで、人は基本的に見ているものらしいし、そうとされているので、この場合は見ても覚えていないと言うに留めたい。‬
‪そんな私が二日続けて夢を見た。となれば個人的には大ニュースであって、そのインパクトは #エスパー伊藤 氏みたいな‬ #カルロスゴーン 氏のイリュージョンや、フィンランドの #週休3日 計画は夢物語だった件にも十分勝る。‬

‪この二夜連続の夢には共通点が有って、それは見た記憶は確かに有るものの内容を覚えていないという点だ。‬
‪一夜目はあまりに日常的な内容であったため、起きた後も夢の延長として一日をシームレス‬に開始してしまい、記憶に留められなかった。‬
‪例えば、今朝はコーヒーを何分かけて飲み干したか、おおよそを答えられてもやはりおおよそ正確ではない。夢も同じ様に、観察していなければ、大体の事はなんとなくの把握で落ち着きを見せ、曖昧にして霧散する。‬

‪二夜目は理路整然とした佇まいの‬論理的思考に基づいた、何がしかしについての物理演算を、高速展開し続けるスライドを眺めるといったものであって、スライドの中身が分からないから覚えようが無かった。‬

‪理路整然とした論理的思考に基づいた何かしらならどうにか分かりそうなものだし、‬そもそもが理解しようとする努力に欠けていたのでは?と詰められれば苦しいところではある。‬
‪ただ、それが #森博嗣 氏的ではなく #円城塔 氏的だったとしたらどうか?両氏の作品を知る方にはいくらか同情して貰えるのではないかと思う。‬
‪(分からないものはいくら説明されても分からない上に、‬ 分からなくても面白いという貴重な体験が出来るので、興味が有れば円城塔氏の作品に是非触れてみて頂きたい)

‪こうして二つの、あくまで私にとっては貴重な夢見は、初夢トレンド上位を賑わす富士、鷹、茄子の形をしていたかも判然としないまま迷宮入りと相成った。‬

◼️結論‬
‪夢占いの判断を仰げない事から『良い年神託』は得られない見込みが強い以上、‬
‪自身の判断で良い年にする『良い年宣言』をして、この2020年を始めようと思う。‬

‪皆さまにとっても良い年となりますように。

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