【小説 ショートショート】 アクション映画
西暦20xx年。
ネット被害による自殺者が急上昇した。
特に、有名人の自殺が多く、snsでの誹謗中傷には罰則刑がつくようになった。さらに脳科学の発達により、直接、死者の脳から情報や画像、音声情報を読み取り、自殺した人が実際に被害を受けたと感じていた記事などを調べ、それを書いた本人などを逮捕することができるようになった。
そんな20xx年のこと。
俳優のボブ・クロスビーは自宅の豪邸で、酒を飲んでいた。特注のウォーターソファーに沈み込むように寝転がり、ウォッカ、ウイスキー、ワイン、瓶をテーブルの上にぶちまけ、その時その時、気に入ったものをグラスに注いで飲んでいた。
どでかい、映画のスクリーンのようなTVはつけっぱなしで、アイスホッケーの試合が中継されているのが流れていた。
「おい、大丈夫か?」
マネージャー兼、取り巻きでポン引き、その他、様々な曰く付きの仕事を持つ男、ジュリアーニが心配そうにボブの顔を覗き込んだ。
「ん?…」
ボブは朦朧として、ジュリアーニの話が耳に入ってこない様子だった。
「おい、そんなに飲むなよ」
彼がボブの肩を掴み思いっきり揺らした。
「何だお前か。大丈夫だよ、俺は」
「そんなわけないだろ。せっかく、映画のためにトレーニングをしてこんな不摂生をしちゃ元も子もないだろうが」
「うるせえな。ちゃんとトレーニングしたご褒美だよ」
そういって、ボブは、ウォッカを瓶ごと飲んだ。
テーブルにはコカインの白い粉末が散らかっている。
「おい、酒のちゃんぽんはまだいいが、コカインとやるなよ。ジミ・ヘンドリックスになっちまうぞ」
「このスーパースターの俺がなるわけないだろ。あんなのと一緒にするな」
「こんなので、本当に戦闘機に乗ってアクションできるのかよ」
「あた棒よ!」
ボブがウォッカの瓶を投げ捨てると、それがTV台の下で破裂した。
「この前だって、ヘリコプターのアクションをやってのけたんだぞ」
「あんなことが続くわけねえじゃねえか。まあ、やりたきゃやってもいいが」
「やるに決まってるだろ。俺がやるからには成功するさ」
ジュリアーニは、はあ、とため息をついて、部屋を出て行った。
もうそろそろ、あいつから離れたほうがいいな。
美味しいところはかなり吸わせてもらったし、あいつはもう、ロートルで歳だ。
次は若い人気役者のマネージメントをやろう。
しかし、最後にもういっちょ、あいつの無茶な戦闘機アクション事故で、莫大な大金をせしめてやろう。
その前に、あいつが酔っ払っているとことに保険の契約書をサインさせる。それであいつの事故で大儲けだ。
あいつもバカな戦争アクションやら、仕事が荒れ気味だし、自殺的なスタントもエスカレートしてきている。よし、今日は間に合わないが、明日あたりにやってやろう。ジュリアーニはそう考え、ニヤリと一人、ほくそ笑んだ。
次の日、ボブは朝早く目が覚め、シャワーを浴びると、日課のランニングをしに外へ出た。真っ白なジャージで昇り始めた朝日を浴び、彼は街を走った。酒を飲んでも生真面目な彼は毎朝、ランニングをしにここへ来る。
朝早いこともあって、まさか、あのボブ・クロスビーがランニングしているとはおもわず、すれ違う人は彼に気が付きもしなかった。
30分ほどランニングをすると、近所で一番早く店のあくハンバーガー屋でホットドックを買って、海辺のベンチに座って食べる。昨日の夜と打って変わって、清々しい気分でミルクシェイクを飲んでいると、一人の若者が、彼のところへ近づいていきた。
「もしかして、ボブ・クロスビーさん?」
遠くから顔を覗き込むように若者声をかけた。
「ああ、そうだよ」
ボブは気さくに彼に微笑みかける。
「本当のボブさんですか。これは驚いたな。僕、ファンなんです」
「ありがとう」
そう言って、なたボブはホットドックを一口食べた。
「座ってもいいですか?」
「ああ、もちろん」
緊張しながら若者はベンチの端に腰をかけた。
「いや、緊張するな。子供の頃からファンなんです」
「嬉しいね」
「ベストボーイも好きだし、リキッド2も好きだし」
そういう彼をボブはニヤニヤ笑いながら見つめた。
「なんでリキッド1じゃないの?」
「いや、2ははっきりダーツで勝負するじゃないですか。オチがすっきりとしていてあれがいいんですよね」
「そういうものかね」
ボブは遠くを見つめている。
「でも、最近はちょっと心配です」
「何が」
「ボブさん、頑張りすぎじゃないですか?」
「役を演じるのは真面目にやんなきゃね」
ボブは若者の言葉に苦笑いする。
「そうじゃなくて、アクションです。アクション」
「アクション」
「最近、自分でアクションをしているボブさんを見て心配なんです」
「そうかい。みんな、本当に自分でやってボブ、すごいって褒めてくれるじゃん」
「でも、僕はそこまでやらなくてもいいと思ってます」
「そうかな?」
「そうですよ。あんなアクションばっかりやったら、死んじゃいますよ」
「…」
ボブは膝の上で手を組んで、少し考えこむ。
「今なら、CGもあるし、危ないことをやらなくても手に汗握るアクションはできますから」
「そう言ってくれたのは君が初めてだ」
飲み終わったミルクシェイクを紙袋に入れ、ベンチの横に置いた。
「みんな、すごい、もっとやってっていうのに」
「みんな、無責任すぎますよ。自分でやらないからって、ボブさんがそんなことをする必要はないですよ」
「そうか、そうか…」
ボブは頷き、若者を見た。
「そうだな。俺もいい年だし、これからはもうちょっと落ち着いた映画に出てもいい頃だな」
そう言いながら、明日から始まる映画のアクションシーンを思い受けべていた。
「次はそうするよ」
ボブは若者と握手をして別れた。
ボブは次の日から、南米に行って映画の撮影を始めた。若者のアドバイスを聞いて、これで最後だと思いながら、ジェット機での撮影を始めたが…。
彼は空高く、ジェット機を飛ばし、アクションをしていたが、天気が悪く、急な風に煽られ、ハンドルの操作を誤った末に、地面へ激突する事故を起こしてしまった。彼はその事故で帰らぬ人になってしまった。
警察などが現場検証し、彼の死を事故死と診断されるかに見えたが、このところ彼自身が演じる激しいアクションやスタントを自殺的と判断し、死後、彼の脳波を調べ、彼が何に急き立てられたかを調べることになった。
シーツに彼の遺体と、電子機器が置かれた部屋で、警官たちは専門家とともに、何がったかを調べた。
「彼の脳波から、かなり彼の記憶に刻まれたものが見つかりました」
「それは何かね?」
「音を調べると、ラジオの音らしいです」
「ラジオか?」
「音は聴けるかね?」
「はい」
そういうと、専門家が危機のボリュームを上げた。
「すごいですよね。、彼のアクション。88パーセント、死に至ると言われるアクションを彼はこなしたんです」
「かなり煽っているように聞こえるな」
「ええ、脳波もかなり揺れていますから、彼にこのラジオが影響を与えたと行って間違い無いですね」
「彼は本当にリアルヒーローなんですよ。次の映画でももっとやばいアクションが見られるんじゃ無いかと期待しています。ボブ、だーいすき」
ラジオの音源が切れた。
「なるほど。これが彼の自殺的アクションの原因か…」
「まあ、他にも映画評論家の声などもありますね」
「どういったものかな?」
「やっぱ、ボブはすごい、さすがボブだ、などです」
「言っていることが同じじゃないか…」
警官1が呆れて言った。
「彼の脳に記憶されている評論家や、ライター、さっきの映画好きDJなど、ほぼ同じことを言ってますね」
「それじゃ、評論家なんて一人いれば済むだろ」
「そうですよね」
警官2も同意する。
「まず、彼を捕まえて話を聞くべきだろうな」
警官3がボブの被っていおるシーツを除きこんだ。
「もしかして、包茎かな?」
「そんなわけないだろ」
「ハリウッドスターだからか?」
「あそこもお直ししているさ」
「長径手術てのもあるぞ」
「長径ってなんだ?」
「根を引っ張り出す手術のことだ」
「これは勉強になったな」
警官4が皮肉でそう答える。
午後6時前の某ラジオ局。
容疑者のDJは放送作家と馬鹿話をして時間を潰している。
「おい、もうすぐ始まるぞ。初めの話題は決まってるか?」
金魚鉢からディレクターの声が飛んでくる。
「まあ、これかな…」
DJはスポーツ新聞の一面を見て呟いた。
「3・2・1・スタート」ディレクターのキュウが飛ぶ。
「はい、始まりました。カルチャースクエア。いきなりですけどね、今日は訃報が届いてしまって、僕の好きなボブが死んじゃいましたー」
ぐすんと涙を流しいきなり泣き出すDJにディレクターたちはあっけにとられた。
「なんだ、あいつは…」
「さっきまで笑ってたのに」呆れてスタッフたちが顔を見合わせる。
「僕らのカルチャーヒーロー、映画スターのボブ・クロスビーさんが、56歳で亡くなられてしまいました」
ビエーンと泣きながら喋るDJ。そこへ、ちょうど逮捕のため駆けつけた刑事たちがスタジオになだれ込んだ。
「な、なんですか、ボブの話をしているのに」
「この番組のDJさんですね?」
「見ればわかるでしょ」
「警察です。あなたにボブさんの自殺幇助の容疑で署まで来てもらいます」
刑事はDJに手錠をかけた。
取調室で喋るDJをマジックミラー越しに刑事たちは椅子に座ってじっと見ていた。
「ボブはまるで本当のジャッキー・リチャードのようにヘリコプターに乗ってアクションしたんですよ。すごくないですか?」
「ボブこそ、リアルヒーローですよ。映画から抜け出してきたような本物なんですよ」
DJは歳の割にやたらキラキラした目で、そううわごとのように呟いた。
「しかし、ファンというのも残酷だな。ボブの無茶なスタントを見て、やめたほうがいいといった奴は一人もいないんだぞ」
取り調べを聞いていた刑事が嘆いた。
「呆れますよね。50パーセント死亡するアクションをこなして、80パーセント死ぬアクションをいてっていったら、死亡する確率は増えるに決まっているのに…」
「スターの孤独がよくわかったっよ」
警官3がボブに同情してそう言った。
「これで立件できますかね」
「DJを逮捕できるかな」
「いや、無理だ」
「なぜ、奴らがボブを追い詰めたんですよ」
「実際はそうだが、彼らは悪気がなく、彼を褒め称えて、彼に危険なアクションをやらせたからだ」
「生贄かよ。映画は怖いし、ファンも怖いな」
「これじゃあ、まるでコロシアムの残酷ショーだ…」(終)