私と治験とゆかいな仲間
言葉なくして、人はどこまで分かり合えるのか?
色々あって(財政難)、1カ月超の治験に来た。
大部屋に私を含めた10人が収容され、日々タダ飯を食らいながら人類の健康に寄与している。
これだけ長期に渡りひとつ屋根の下で生活すれば、友情が芽生え、ともすれば「そこに愛はあるのかい?」的な展開になるのかもしれない。もしくはテラスハウスか。いや、男はいないが。
――などと最初は思っていたが、なんてことはない。
20日が過ぎた現在、友情どころか言葉すら交わしていなかった。
これは何も私のコミュ障ゆえではなく、コロナ禍という時勢を考慮し、被験者同士の会話が禁じられているからだ。
正直ほっとしている。
気づけば私を除く9人のコミュニティーが形成され、『ちけん』などというLINEグループができていた日には泣く。
学園祭実行委員で私だけLINEに入ってなくて、打ち上げに呼ばれなかったとき以来の大恐慌が起こる。
前述のとおり、恐慌は免れた。
私たちは皆、毎日顔を合わせながら挨拶さえすることなく、24時間テラスハウスしている。
しかしいくら会話がないとはいえ、20日も共同生活をしているとその人の癖が見えてくる。
人となりはよくわからんが、雰囲気くらいは掴めてくる。
会社員時代に、『階段を上がる足音だけで誰か判別できる』という生涯使えないであろうスキルを身に着けた私なので、そろそろ足音だけでベッド横を通り過ぎる人がわかるようになってきた。
さて、そんな今日この頃。
共に同じ釜のタダ飯を食らっている仲間たちを紹介していこうと思う。
意味はまったくないし、万が一にも関係者に見られたら特定されるのではないかと内心ドキドキしている。
1番 アラレちゃん眼鏡さん
私からベッドが遠いせいもあり、「本当は存在していないのでは?」というほど影が薄い。名前の通りアラレちゃん眼鏡をかけている。
朝、談話室でなにやら珍妙な動きをしており、細い窓越しに右手だけがチラチラと見える。毎日同じ動きを7年し続けている私だから確信を持って言えるが、あれは間違いなくラジオ体操。
夜、ときどきテレビを見ては消灯時間を過ぎ、看護師さんに呼び戻されている。装備品はIPad。
2番 歯磨き大明神さん
アラレちゃんのような眼鏡をかけていることから、しばらく1番さんとの識別が困難であったが、最近ようやくわかるようになってきた。髪型がかっちりとしたみつあみなので、昭和の委員長のようになっている。
夜の歯磨き(エロい意味はない)がお得意で、スマホをいじりながらいつまでも洗面所にいるため、この名前が付く。お暇中の歯科衛生士(エロい意味はない)かもしれない。
PCのクリック音も激しければ、トイレットペーパーのロール音も激しい。
鬼滅の刃が好きらしい。私も好き。
3番 お隣さん
私の隣人。落としたシャープペンを拾ってくれた優しい人。
長い黒髪がとても綺麗。常に看護師さんの言葉に丁寧に返答し、礼儀正しい。
なぜかスマホをサイレントモードにしていないせいで、床頭台で盛大にバイブを響かせては私をビビらせている。
消え入りそうな声が可愛いらしく、声同様に血管も消え入りそうなのか、ちょくちょく採血で失敗されるかわいそうな人。
たぶん年下だが、元社畜の気配。株の勉強をしているらしい。エライ!
4番 楽天ニートウーマンことあまぼし
ここでご本人登場。別に打線を組んでいるわけではなく、私の識別番号が4番というだけ。
毎日同じ時間に同じ場所で、同じことをしているルーチン眼鏡。
落ち着きがなくベッド周りが異様に汚い。
膀胱がサボりがちなので、トイレに一番近いベッドであることを内心喜んでいる。
5番 人妻さん
左手の薬指に指輪あり。既婚者がいると思わなかったので驚きである。雰囲気はどちらかと言えば音無響子さん。
しかし旦那さんは健全で、そこそこ大きい息子もいる模様。主婦らしく、平日の朝は欠かさず「ZIP」を見ている。
スマホ1つで乗り込んできた猛者で、1日中スマホをいじっている。暇じゃないのかな?
食べるのが早い。鬼滅の刃はアニメだけ見たらしい。お子さんの影響だろうか。
6番 おっぱい眼鏡さん
正面にいるためもっとも見ているハズなのに、こんなダイレクトなあだ名しか付けられないことを申し訳なく思う。
食事の際、はだけた胸元をいつも私にガン見されている被害者。銀縁の丸眼鏡をかけている。
常時開いているノートPCは容量不足なのか、離陸寸前のジェット機のような音を立てて稼働中。
よく見れば『ごくせん』の時の仲間由紀恵に似てなくもない。
7番 玄人さん
治験はすでに4回目くらいというベテラン。面構えが違う。
口元がややブルドック風だが、目元が高校時代の同級生「中村さん」に似ていることから、中村さんとも呼んでいる。
玄人を証明するがごとく、switchを持ち込んで悠々と遊んでいる模様。あつ森が好きらしい。
足音を殺すのがうまく、未だに私も読み取れない。
8番 ウォシュレットさん
中学時代に「ウォシュレット」と呼んでいた、ザ☆女教師の風貌を持つ美術教師・CW先生に似ていることから、この名を進呈。別に彼女がどうこうというわけではないので、変なあだ名をつけてしまったことを謝罪したい。
妙齢だがおそらく30代。ベッドが遠いこともあり普段の動向は伺いしれない。
ふわりとカールした髪と、オシャな眼鏡が特徴。眼鏡までウォシュレット先生に似ている。
9番 ヤンキーさん
「金髪で耳ピをしている」という容姿だけで、私にヤンキー判定をされてしまったかわいそうな人。ヤンキーではないかもしれない。でも眼光も鋭いし眉毛も薄いから、もしかすると元ヤンかもしれない。ヘリックスまでしていて痛そう。
雰囲気に合わずぷよぷよのようなゲームをしているらしい。人は見かけで判断してはいけない。
10番 韓国さん
ヤンキーさんと髪の色、長さ、顔立ちまでがそっくりで、ピアスの有無でしか判断できない状態が続いている。双子なのではないかと思うレベル。看護師さんも間違えていた。
彼女は午後になるといつも談話室で勉強に勤しんでいる。「何してんだろ? 韓国語とかやってそうな顔だな」とこの上ない偏見を持って覗き見してみたら、本当に韓国語のテキストを開いていた。
そろそろ新宿の母にでも弟子入りしようかと思う。
以上、私と9人の仲間たち。
今この日本のどこかに、ネットなどをやりながら人類の未来に貢献している人々がいることを、どうか覚えていてほしい。