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【その美しさに魅入られる】映画『シルビアのいる街で』感想

『シルビアのいる街で』は2007年に製作されたスペイン・フランスの合作映画だ。監督はスペイン出身のホセ・ルイス・ゲリン。

この作品、あらすじはとても簡単。男が女をつけまわす、ただそれだけ。台詞もほぼない。果たしてそんな内容で面白いのか?と思う人もいるかもしれない。確かにアクションやサスペンスなどエンタメ的な面白さを期待したら肩透かしを感じるだろう。

そもそも誰かをつけまわすという行為自体アウトだし、自分がつけまわされる立場でも気持ちが悪い。だが、本作はそんな気持ち悪さを越え美しくロマンチックですらある。現実なら到底受け入れられないことを可能にできるのが映画のマジックだ。

85分の上映時間の中には映画ならではの素晴らしい映像体験が込められている。筆者の大好きな作品なので、その魅力を感想を交えながら紹介していきたい。

2007年製作/85分/スペイン・フランス合作

【感想】

本作がロマンチックな理由は画の美しさにある。舞台となるのはフランスの古都ストラスブール。「道の町」を意味するラテン語「ストラテブルグム」を由来とする都市で、世界遺産に登録されるほどの美しい街並みが特徴的。

路面電車の通っている石レンガの道路や路地裏など、映し出される風景の1つ1つに歴史の重みが感じられる。

このストラスブールの街並みだけでも魅力的だが、撮り方も面白く、まず景色が映し出されそこを行き交う人々の姿が映し出される。そこに主人公が入り込んでいくという演出がされている。この長回しがまるで絵画を見ているかのように美しい。

ホセ・ルイス・ゲリン監督が当初考えていたのは、写真だけで構成した無声映画(『ラ・ジュテ』)のような作品だったということもあって構図もキマリまくっている。本作は画の強度が凄いため、一度観たら目が離すことができない。

画面に映る一般の人々は主人公達と一部エキストラを除き、本当にストラスブールに住んでいる人達。彼らが画面を横切っていく姿を追いながら、一人一人の人生も想像してしまう。

本作には街並みを映す第三者視点とは別にもう一つの視点がある。それが主人公の視点。彼は6年前にこの街で会ったシルビアという女性を探している。

シルビアに関して詳しいことは分からない。ただシルビアは演劇学校に通っていたらしく、彼は演劇学校前のカフェに座り、行き交う人々を見ている。そのうちシルビアらしき女性を見かけて後をつける。

観客は主役の彼に感情移入をするというよりは、美しい女性をつけまわすという背徳的行為を疑似体験することになる。

これが日本ならストーカー映画だが、本作はストラスブールの美しい街並みも相まって白昼夢のような幻想感のある作品となっている。背徳感と高揚感が入り混じったこの不思議な空間も本作の魅力の一つだ。そして主人公の彼もこの背徳的な行為を楽しんでいる。

ピラール・ロペス・デ・アジャラ演じる女性を追いかける時の吸い込まれるようなカメラワークも素晴らしい。

劇中で青年はさまざまな女性の顔を見つめる。カフェの女性客や店員の顔など彼女たちの顔を盗み見たりその姿をスケッチしている。

思えば、彼はシルビアと思われる女性をつけてる時も、彼女の姿だけを一心に見つめている。本作において「見つめる」という行為は青年のキャラクターを象徴しているように感じられる。

「見つめる」ということはそれ自体が楽しく幸せな行為だ。そこには他人に邪魔されない見る側だけの幻想がある。

誰かをつけまわしたことはなくても、気になる相手を密かに見つめてる時の高揚感なら筆者も覚えがある。青年の心境もこれに近いものがあると思う。

主人公の青年を演じたグザヴィエ・ラフィット。イケメンだが劇中では絶妙にモテなさそうではある。

6年前に会ったきりのよく知らない女性(詳しい情報を知らない時点で何となく関係性も伺える)に再会できたとなれば、そのシチュエーション自体がドラマチックだ。その興奮は想像に難くない。女性をつけている時も期待と妄想に胸を膨らませていただろう。

だが、彼のこうした行為はいずれも一方通行な感情でしかない。路面電車の中、彼女と会話をした時に甘い夢は終わる。

映画の最後、青年は演劇学校前のカフェから路面電車の停留所のベンチに移動する。そこはあの女性と会話をした場所だ。青年は彼女を見かけた時から心惹かれたのだろう。そして同じことを繰り返すのかもしれない。

多分、彼が求めているのはシルビアでは彼女でもない。手に入らないロマンスなのだ。

※今回鑑賞したのはDMMの単品レンタルで。配信では見かけないがTSUTAYAにはたまに置いてある。こちらもソフトの値段がプレミア化してるので、再販して欲しい

※下記は参考にした『OUTSIDE IN TOKYO』、『NOBODY』によるホセ・ルイス・ゲリン監督へのインタビュー。製作経緯や意図などについて語っているので、興味ある人は是非。


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