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【そこに確かに存在した】映画『ファースト・カウ』感想

西部開拓時代のオレゴン州を舞台にドーナツ作りで一攫千金を狙う2人の男の姿を描いた映画『ファースト・カウ』

『リバー・オブ・グラス』、『ウェンディ&ルーシー』などアメリカのインディペンデント映画界で高く評価されるケリー・ライカート監督が2020年に製作した作品である。

情報を知ってから1年半、公開まで長かった…
ケリー・ライカートは自分の大好きな監督だけに首を長くして待っていた。

ちなみに「ケリー・ライカートって誰?」という人は下記に紹介記事を挙げているのでどうぞ。

そんな本作だが期待通りの素晴らしさ。
冒頭の船が横切る場面や散歩する女性と犬というモチーフは過去の作品を連想させられるし、男2人が主役という点では『オールド・ジョイ』も思い出させる(ちなみに本作は『オールド・ジョイ』と同じジョナサン・レイモンドの作品『The Half-Life』が原作となっている)。

そういう意味では本作はケリー・ライカートの集大成のようにも感じられる。2人の男の関係に焦点を当ててるという点ではブロマンスが好きな人にもお薦めしたい。

2020年製作/122分/G/アメリカ

舞台は未開の地の時代のオレゴン州。
クッキーとキング・ルー、社会に馴染めない2人の男がお菓子作りで一発逆転を狙うという話。

ケリー・ライカートの作風はいつも一貫している。
彼女の映画の主人公は人生の勝者でもなければ成功者でもない。

『リバー・オブ・グラス』では人生に退屈した主婦を、『ウェンディ&ルーシー』ではノマドワーカーとして生きる女性の人生を描いてきた。今作もこれまで同様、歴史の隅に埋もれてしまった市井の人々の人生を掬い上げる。

クッキーは当時のマッチョな男社会に馴染めてないしキング・ルーは中国人という出身によって偏見の目に晒されてきた。どちらも社会から疎外された者同士だ。

そんな彼らがお菓子作りをキッカケに一発逆転を目指す。だがエンタメ的なノリではない。オレゴン州の美しい自然を背景に静謐な物語が紡がれる。

光の当たらない人たちを静かに見つめてるような、そんな視点。だからこそ自分はケリー・ライカートの作品が好きなんだと思う。

ひょんなことから一緒に暮らし始める2人。始めは成り行きだったし打算もあったかもしれない。けれど2人の間には確かに絆が生まれていた。

それが明確に分かる場面があの冒頭に繋がるというのは何とも残酷だし皮肉的でもある。

ちなみに物語のタイトルにもなっている『ファースト・カウ』とはこの地に来た最初の牛のこと。この映画、女性が全く物語に絡んでこないのだが(女性の当時の社会的地位の低さを表してるといえる)、その中でこの雌牛が物語のキーになっているというのも興味深い。

旅の途中で雄牛はなくなってるんだよね、それも意味深。

特に好きなのはラスト場面だ。
鳥肌が立つくらい見事な終わらせ方だった。あそこで終わらせたことに静かな優しさを感じる。観終わった後にじわじわ続く余韻が心地良かった。

多くの人が何者かになることに憧れる時代、だからこそ「何者でもない」この物語を大切にしたい。

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