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「押し付ける」のではなく「認める」映画『フェアウェル』にみる価値観の変容

2020年10月2日に公開された『フェアウェル』。中国系移民を主人公にした本作は、本国で4館のみのスタートから全米891館に拡大という大ヒットになっただけでなく、今年1月の第77回ゴールデングローブ賞で最優秀外国語映画賞にノミネートされたという話題作である。

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本作の主演は『オーシャンズ8』(2018年)、『クレイジー・リッチ』(2018年)のオークワフィナ。おまけに『ムーンライト』(2017年)、『レディ・バード』(2018年)のA24スタジオプレゼンツとなれば観ないわけにはいかない。という訳で、10月5日の月曜日にTOHOシネマズ日比谷の18時40分からの回で鑑賞してきた。(シネマイレージウィークという事もあって、席はほぼ満席)感想を以下に記すので興味ある方はどうぞ(核心的なネタバレはしてませんが、内容には触れているので自己責任でお願いします)

【作品情報『フェアウェル』】

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製作年:2019年 製作国:アメリカ 監督:ルル・ワン

中国で生まれアメリカで育ったビリー、ある日、中国にいる祖母が末期がんで余命数週間と知らされる。この事態に、アメリカや日本など世界各国で暮らしていた家族が帰郷し、親戚一同が久しぶりに顔を揃えることになる。アメリカ育ちのビリーは、祖母が残り少ない人生を後悔なく過ごせるよう、病状を本人に教えるべきだと主張するが、中国では助からない病は本人に告げないという伝統があり、大叔母や叔父に反対されてしまう。異なる文化の価値観に悩み苦しむビリーだったが…

【エンタメというより自伝的。映画を通じた異文化体験】

ガンに侵された事を祖母に告知するか否かー
愛する人を通じて、浮かび上がる文化の違い。鑑賞前は、「てっきり、こんなのは間違ってる!」とビリーが皆を説得するために奔走するような話かと思っていた。しかし、実際に描かれているのは、愛する人への気持ちと文化の違いに悩み苦しむ1人の人間の姿。この作品は、予告編の印象と違い、エンタメというよりは映画を通じた異文化体験を味わうように思える。

フェアウェル①

本作を監督したのは、自身も中国で生まれアメリカで育ったルル・ワン。
製作のきっかけは、ルル・ワンの祖母が2013年にガンの告知を受けたことに起因している。だからだろう、監督自身の体験を元にしてるからこそ、本作はドキュメンタリーのようにも感じた。ビリーが中国を訪れてから、いとこの結婚式に参加する一連の流れは異文化に触れる旅行者のようにも見える。結婚式の様子などは、我々日本人から見るとよくある風景のようにも思えるが、アメリカ育ちのビリーから見るとまさにカルチャーショックに違いない。本作が海外でヒットした要因の一つはこういった異文化に対する物珍しさもあったのではないろうかと考えてしまった。

【本作のヒットに多様性に変化する社会の変化を感じる】

「今年の傑作映画のひとつだ」、「心を揺さぶる傑作」、「完璧だ」…etc.これらはいずれも本作に対する感想として挙げられているコメントだ。事実、本作は世界最大級の映画批評サイトRotten Tomatoesで98%を獲得するなど非常に高い評価を得ている。
また本作は、当初は本国で2019年7月に4館のみで公開だったが、口コミが広がり、公開3週目には全米トップ10入り。最終的に全米891館に拡大され、興行収入は20億円を突破した。

ここまで絶賛&大ヒットしてる本作だが、正直筆者はそこまでハマらなかった。恐らく予告編でエンタメ的な内容を期待していたせいかもしれない。「告知するか否か」という大筋のみで100分引っ張る展開は、決してつまらなくはないものの、少し間延びしてるようにも感じてしまった。ただ、この作品がここまで話題となっている背景に今の社会の在り方が見えてくるような気もする。

本作で描かれてるのは前述した通り、異なる文化の違いに葛藤する女性の姿である。本人に告げるのが正解か、それもと告げないのが正解か。本作では観客にその「正解」を見せるようなことはしない。異なる価値観に疑問は呈するけど、白黒つけないのがとても「今」っぽい。もし90年代のハリウッドで同じ題材で映画化したら、とてもこうはならなかったのではないだろうか?ビリーは親せきの説得に奔走し、最後には自分たちの価値観が勝利する、そんな作品になっていたかもしれないし、80~90年代のアメリカ社会はまさにそんな風潮だったようにも思える。

フェアウェル②

だが、本作ではビリーは最後の最後まで悩み後悔もするが、己の価値観を押し付けるようなことはしない(本作はビリー目線で話が進むので、自分たちの価値観を主張した作りになっていはいるが)押し付けるのではなく、まず相手の価値観を認め尊重する。中国系移民を主人公にした作品が多くの人に受け入れられた要因の一つに、そんな多様性を重視する社会の流れがあるのかもしれない。この作品を観てそんな風に思った。

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