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【人は恋をしたら走るんだ】映画『リコリス・ピザ』感想【思いを身体に抑えておけないから】

7月1日から公開されている映画『リコリス・ピザ』。70年代のハリウッド近郊、サンフェルナンドバレーを舞台に年の差のある男女の恋愛を描いた作品だ。監督は『マグノリア』(2000)、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2008)など、世界3大映画祭全てで監督賞を受賞している名匠ポール・トーマス・アンダーソン(以下、「PTA」という)。

主演のゲイリーを演じるのは、PTA監督常連だった故・フィリップ・シーモア・ホフマンを父に持つクーパー・ホフマン。もう一人の主演のアラナを演じるのは、バント「HAIM」のヴォーカル、アラナ・ハイム。両者とも今作がスクリーンデビューとなる。

大好きなPTA監督の最新作ということで、公開前からムビチケを購入するほど楽しみにしていた作品だったが、実際に鑑賞したのは公開から1か月近く経ってからだ。

7月28日のミッドランドシネマ名古屋空港の14時20分の回で鑑賞。お客さんは7~8人程。

観るのに時間が掛かったのには、いくつか理由がある。1つ目は筆者自身が忙しかったこと。2つ目は映画を観た人の感想の賛否が分かれているのを見て期待値が下がったこと。そして、3つ目のゲイリーとアラナの年齢差の問題だ。

SNSに流れてくる感想の中で「15歳の少年と25歳の女性の恋愛を描くのは倫理的にどうなんだ?」と語っている映画評論家の感想を見かけた。それまではその問題を意識してなかったが(そもそも、あらすじや設定を知らない状態だった)、確かに一般的な倫理観でいえば15歳と25歳の恋愛はアウトだ。

この問題提起について考えていたこともあって観に行くのが遅れてしまった部分もある。今もこのモヤモヤは抱えたままだが、鑑賞した結果、70年代を舞台にした回顧的な物語という意味では、筆者はそこまで問題はないと認識して本作を捉えている。

2021年製作/134分/PG12/アメリカ

あらすじ:70年代のハリウッド近郊、サンフェルナンド・バレー。15歳のゲイリーは写真撮影の場で25歳のアラナに一目惚れをする。年齢差もあり初めは相手にされなかったゲイリーだが、強引にディナーの約束を取り付けることに成功する。このことをキッカケに徐々に距離を近づけていく2人。子役として活躍しているゲイリーは、アラナを付添人にニューヨークに行くが、そこでアラナは別の俳優に惹かれていく。アラナと別の俳優がデートしてる場面を見かけたゲイリーは、一度は身を引くのだが…

【感想】

PTA印満載の素敵な恋愛映画。オープニングの映像からして最高だった。細部までこだわって撮られた映像は重厚で、始まってすぐ70年代のアメリカに引き込まれる。この映像の豊かさは芳醇と呼べばいいのか、これから何年経っても色褪せないであろう力強さがある。

撮影を担当したのはマイケル・バウマン。前作の『ファントム・スレッド』もこの方が撮影監督だが、カメラワークが本当素晴らしい。劇中、何度かあるゲイリーが建物から道路に出る場面の流れるようなショットは特に引き付けられた。こうした映像美もPTAが巨匠と呼ばれる所以の1つだろう。

PTAはこれまでの作品で、愛や憎しみも入り混じった一言では表せない2人の人間の関係性に焦点を当ててきた。『ザ・マスター』(2013)でいえば、宗教団体の教祖と入信した信者、『ファントム・スレッド』(2018)では仕立て屋とウェイトレス、今作ではゲイリーとアラナの関係性だ。

恋愛を題材にしているという点では、過去作の『パンチドランク・ラブ』とも比較できるだろう。『パンチドランク・ラブ』でも、男女のファンタジックな恋愛劇を描いていたが、あの作品ではアダム・サンドラー演じるバリーの一途で不器用な片思いが描かれており、片思い相手のリナの心情はそこまで描かれていなかった。今作では気になりながらも素直になれない2人の心情が交互に描かれている。

一途な男の心情を描いたのが『パンチドランク・ラブ』だとしたら『リコリス・ピザ』は好きや嫉妬が入り混じった感情や考え方や立場の違いにすれ違う2人の男女を描いた作品といえるだろう。

PTA作品でも特に真面目なと思ったのがこの2作品。どちらも素晴らしい作品だけ。

今作ではPTA作品の特徴ともいえる「Strange(奇妙さ)」も発揮されている。PTA作品の物語には、いつも捻じれた展開や奇妙な演出が仕掛けられており、それが面白い。ゲイリーが唐突に警察に捕まる場面は呆気に取られてしまったが、こういう演出がPTAの作品には必ずある。

今作は、実在した人物達のエピソードを参考に脚本を練っているからだろう、ゲイリーやアラナの半生は実に強烈で印象的だ。濃すぎるキャラクター達の面々も映画を盛り立ててくれる。ブラッドリー・クーパー演じるジョン・ピーターズは言わずもがな、出てくる人物全員癖が強くて、彼等の会話や振る舞いを観ているだけで顔がにやけてくる。

前作の『ファントムスレッド』も奇妙な話ではあったが、PTA作品にしてはいささか真面目過ぎるように感じていたので、今作でこういった「Funny(可笑しさ)」が含まれていたのは嬉しかった。

70年代の「アナログ時代の恋愛」を題材にしている点も注目すべきだろう。筆者は70年代生まれではないが、ノスタルジーを感じる場面はいくつかあった。例えば、携帯電話が普及する前の家の電話でやり取りする様は子供時代を思い出した。自分の家も姉が家電で長電話をして親によく𠮟られていたからだ。友人と待ち合わせをするにしてもそうだ。スマートフォンが登場する前と後で連絡手段は大きく変わった。

今は劇中の2人のようにお互いを求めてすれ違うようなことは起こりにくい。劇中のような恋愛描写は、スマホがあるのが当たり前の時代に生まれた人達の眼にはどう映るのだろうか。映画を観ながらそんなことも思ったりした。

劇中、ゲイリーもアラナもよく走る。印象的なのは、警察署を出て疾走する姿と物語終盤、2人が互いを求めて街を疾走する姿だ。そういえばこの前観た『わたしは最悪。』でも、主人公のユリヤは思い相手のいるカフェに向かって走っていた。

思えば古今東西、恋愛映画で人は良く走る。でもその気持ちはよく分かる。人は恋をしたら走るんだ、思いを身体で抑えられないから。そしてその姿は時代に関係なくいつも美しい。

【映画関連その他】

※本作の音楽も素晴らしかった。パンフレットによると60、70年代のロックやソウル、ジャズなどの楽曲を使用されているらしく、知らない曲が多かったがどれも場面とマッチし感情を煽り立ててくる。予告編でも使用されているDavid Bowieの『Life on Mars』はこれまでも聴いたことはあったが、今回映画に使用されて改めて曲の素晴らしさに気付かされた。こういう発見があることも映画の良さだと思う。

※PTAのこれまでの作品を解説した一冊。値段で躊躇していたが購入するべきか。

※PTAの『パンチドランク・ラブ』。筆者が初めて観たPTA作品が本作だったこともあって思い入れの強い作品。国内Blu-ray版のソフトを出して欲しい。

※アラナ・ハイムが所属するバンド『HAIM』の楽曲『Summer Girl』のPV。監督はPTA!

年齢差のある男女を題材にした作品ということで『愛なのに』も思い出した。本作とは男女の立ち位置が逆になっている。城定秀夫監督に今泉力哉さん脚本の作品。コミカルで奇妙で熱い作品です。こちらもお薦め!


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