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【人はいつだって華やかに見られたい】映画『エル プラネタ』感想

華やかな衣服を身にまとい過ごす一方、食べ物すらなく徐々に破滅に向かっていく母マリアと、その娘レオの姿を描いた物語。映画『エル プラネタ』はそんな作品だ。

予告編とかの印象では、SNSや承認欲求など「今の時代」を軸にした作品かと思っていたが、観終わった印象は少し違った。レオとマリアのような人達は、形は違えど昔からいたような気がする。

レオとマリアの現状は悲惨だ。家は明け渡さなければいけないし電気も止められる。なのに話に暗さや重さは感じられない。それはモノクロでスタイリッシュな映像に加え、本人達に悲壮感が感じられないから。

何事もないかのように過ごす2人の姿は無邪気にすら見える。予告編を観た時に抱いた、承認欲求を満たすことに奔走する母娘のイメージというよりは、生活レベルを下げられない母娘のように見えた。
(そもそもレオはロンドンでの学校生活を終えて一時的にマリアの元に身を寄せていただけのので、マリアほど世間知らずでもないだろう)

一見すると共依存にも見える関係だが、本当に何も分かってなさそうなマリアに対し、レオは自分の置かれてる状況を実は理解してるんじゃないだろうか。(2人の会話からもこの生活が長くは続かないことを理解してるだろうし)

ある程度、社会を分かっていそうなレオに対し、世間知らずなマリアだが、映画のラストの様子とかを見ると意外にタフなのかもしれない。傍から見ると、「大丈夫か?」と言いたくなる2人だけど、そんなの余計なお世話で、案外ひょうひょうと世の中を生き抜いていくのかもしれない。

本作の面白い所は、母娘の生活を通じて現在のスペインの社会事情が垣間見えること。シャッター商店街に若者の姿を見かけない街の様子。潰れた店の跡地に100円ショップができる下りなんて、日本と大して変わらない。

本作の監督は、新進気鋭のアーティスト、アマリア・ウルマン。主に自分自身を被写体とし"リアル”と"虚構”の境界線を曖昧にした風刺的作品を生み出している。Gucci のクリエイティヴデジタルプロジェクト#GucciGramや Forbes 30 Under 30「世界を変える 30 歳未満」の30 人に選出されるなど、現代アート界でも注目されている人物だ。

アマリア・ウルマン/アルゼンチン出身/1989年1月20日生まれ

本作でレオを演じているのはアマリア・ウルマン監督本人。監督・主演だけでなく脚本・プロデュース・衣装デザインすべてを務めている。
前情報を仕入ずに観た後から監督自身がレオを演じてるということにも驚いたし、レオの母親役のマリアは、アマリアの実の母親が演じていると知ってさらに驚いた。加えて付け足すと、舞台になっているヒホンは、アマリアの故郷で家を追い出された経験も実際にあったことらしい。

この映画を見終わった時、少しだけ腑に落ちないことがあった。アマリア監督はどうして、こうした内容の映画を撮ろうと思ったのか?ということだ。冒頭で述べたように、鑑賞前は、SNSや承認欲求など「今の時代」をテーマにした作品だと思っていた。

だが、本作は、アマリアは自分の体験や身近な人間から着想を得ていることを知って納得がいった。本作はアルマンが手掛けてきたアーティスト作品の延長線上にある作品なのだろう。

分かり易いエンタメ的な作品と違い、淡々とした描写の作品のため、受け身で観ても楽しいが、こちらから演出の意図を汲み取っても楽しいだろう。
後、本作は字幕が黄色くなっているのだが、そうした作品の雰囲気に寄せようとする心意気も素敵。

※以下は映画の具体的な内容に触れてます。未見の方はご注意下さい。

筆者が鑑賞した回は、上映後に小説家のカツセマサヒコさんと映画・音楽パーソナリティの奥浜レイラさんとのトークイベントがあったので、こちらも記しておきたい。

カツセマサヒコさんは現在公開中の『明け方の若者たち』の原作者でもある

劇中、レオは雑貨屋でアジア系の男性と知り合う。彼は良い雰囲気になる。男とデートし、素敵な夜を過ごした2人。翌朝、朝食をとろうと2人で街を歩いてる際に靴屋を見つける。

ポスターにも使われてるこのショット。
レオが無表情に見えるが、これには理由がある。

その中で男は実は子持ちだということを明らかにし、そのことにレオがショックを受けるのだが、奥浜さんが語っていた「レオは自分がそれを目の前で言っても良い相手と思えるくらいに低く見られていたことにもショックを受けてる」というコメントにはハッとさせられた。

単純に質の悪い男に騙されただけではなく、華やかな衣装を身に纏っても中身が釣り合ってない事を見透かされてるよう、そんな皮肉的にも捉えられる場面。この場面を日本版ポスターにしている点も面白い。



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