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まさに白昼夢のような体験『凱里ブルース』

今年の2月に公開され【60分のワンカット×中盤からの3D体験】という驚きの演出で世界にその名を轟かせた『ロング・デイズ・ジャーニー  この夜の涯てへ』のビー・ガン監督。(映画の紹介と感想は以前、noteに挙げたので、興味ある人は是非読んでみて)

『凱里ブルース』は、2015年に製作されたビー・ガン監督の長編デビュー作にあたる。日本円にして35万円という低予算で製作された本作(その後1600万円の借金をして完成に漕ぎつけた)は、ロカルノ国際映画祭でワールドプレミアされたほか、数多くの映画人から絶賛されるなど大きな評判を呼んだ。

カイリブルース④

筆者も7/1(水)の18:50の回で鑑賞してきた(サービスデイという事もあって、人の入りは8割程と盛況)ので、ここでは作品紹介を感想を交えながら書いていきたい。

【『凱里ブルース』:作品情報】

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製作年:2015年 製作国:中国

【あらすじ】
中国の亜熱帯地方、貴州省の霧と湿気に包まれた凱里市の小さな診療所に身を置いて、老齢の女医と幽霊のように暮らすチェン。彼が刑務を終えてこの地に帰還したときには、彼の帰りを待っていたはずの妻はこの世になく、亡き母のイメージとともに、チェンの心に陰を落としていた。さらにしばらくして可愛がっていた甥も弟の策略でどこかへ連れ去られてしまった。チェンは甥を連れ戻す為に、また女医のかつての恋人に想い出の品を届ける為に、旅に出る。そしてたどり着いたのは、ダンマイという名の、過去の記憶と現実と夢が混在する、不思議な街だった。(公式パンフレット参照)

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【夢を彷徨うかのような110分間】

ビー・ガン監督の作品の特徴を挙げるなら、「分かりづらい」という点が挙げられる。ゆったりした時間の中、説明が一切ない上に、時間や場所が脈絡なく飛ぶので、観客は混乱させられる。その作風は、時として観る者の眠気も誘うだろう。(寝てしまったという感想はよく見かけるし、実際、筆者も睡魔に襲われてしまった…)この表現が適切かは分からないが、一言で表すなら『アート映画』と呼ばれるジャンルに含まれる作品だと思う。
この「分かりづらさ」は、インタビューなどから察するに、ビー・ガン監督が映画を「詩」のようなものとして捉えているからだろう。劇中で挟まれる詩の如く、映像もアーティスティック。
画面によたよたと登場する犬、トラックの荷台から降りるショベルカー…劇中のワンカットは、説明的ではないが、感性に訴えかけるものを感じる。

カイリブルース②

そして、ビー・ガン監督の作品の大きな特徴にもなっているのが、驚異の長回し。
今作では、中盤から40分にもわたる長回しが始まる。先に言ってしまうと、この40分間の中にドラマチックな出来事は起きない。しかし、この40分は、筆者にとっては、至福の時間だ。
『ロング・デイズ・ジャーニー~』もそうだが、この作品内での長回しは、時間も場所も超越した悠久の時への旅のようでもある。
時と場所をも超越した場所、見ている内に足元がおぼつかなくなる感覚は、まるで夢の中をさまよっているかのよう。筆者がビー・ガン監督が好きな一番の理由がこの白昼夢のような体験をさせてくれるからである。

カイリブルース③

「何故、長回しにこだわるのか?」という質問に対し、ビー・ガン監督は、過去に結婚式のビデオ撮影をしていた事が、長回しを撮るキッカケになったと答えている。新郎新婦が、テーブルからテーブルへ回りゲストと乾杯する様子を撮影するうちに、このような長回しでの撮影は、非常に夢のような開放的なものであることと感じたらしい。そしてそれは詩にとても近いようなものだとも。
筆者は、この結婚式の様子を撮影していたエピソードは、長回しという演出だけでなく、本作、そして『ロング・デイズ・ジャーニー~』の作品テーマにも通じていると考える。(ちなみに『ロング・デイズ・ジャーニー~』は、資金面で不満部分があった『凱里ブルース』をアップデートさせた作品なので、2作品のテーマは同じだと考えられる)

『ロング・デイズ・ジャーニー~』、そして『凱里ブルース』も、そこに込められてるものは「郷愁」なんだと思う。両作品の舞台にもなっている凱里は監督の故郷、だからか見てると不思議とノスタルジックな気分にさせてくれる。両作品とも最後に登場する仕掛けによって、ここが全て繋がる閉じた空間であることが分かる。それはまるで、ビー・ガン監督が、人生における忘れがたき思い出を琥珀のように永遠に閉じこめたかのようにも感じるのだ。

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前述した通り、決して分かりやすい作品ではないし、人によっては退屈に感じるかもしれない。好き嫌いはハッキリ分かれる作品だ。しかし、この白昼夢をさまようような感覚を体験させてくれる映画は、稀有だとも思う。そしてそれは、映画館という映画と向き合える空間でこそ、存分に味わえるものだと思う。もし興味がある人、もしくはこの文を読んで興味を持った方は、是非劇場に足を運んで体験してみて欲しい。


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