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【ゆるやかな地獄の果て】映画『夜を走る』感想

先日、SNS上で「最後まで何が起きるのか一切分からない動画」というものを見た。その映像はおじさんが大量の注射器を熱湯消毒している場面から始まる。ヤバい動画かと身構えたが、その後、大量のサボテンの葉が登場したり、よく分からないものを粉末状にするなど、タイトル通り何を行っているのかさっぱり分からない映像が続いていく。今回の映画を観た時にこの動画のことを思い出した。

『夜を走る』は5月13日から上映されている映画だ。地方のスクラップ工場を舞台に、ある一夜の出来事をキッカケに人生が揺らいでいく2人の男の姿が描かれる。監督は故・大杉漣の最後の主演作『教誨師』の佐向大が務めている。

※これより以下は映画の内容に触れています。ネタバレには気を付けて下さい。

2021年製作/125分/日本

【感想】

どこに連れていかれたのか分からない、本作の印象を一言で表すとそんな感じだ。上記で挙げた「最後まで何が起きるか分からない動画」は最後に口紅を作っていた事が分かるが、この映画は最後まで観ても何が起きたのかよく分からない。明確な結末を提示していないのだ。

秋本と谷口、事件を通して2人の男の日常は変わっていく。途中まではクライムサスペンスとして物語がどう転ぶのか楽しんでいた。だが、秋本が怪しげな団体「ニューライフデザイン研究所」と出会う辺りから足元がおぼつかなくなっていく。

この場面は、秋本がもう一人の秋本に誘われるという白昼夢のような演出になっており、これ以降の秋本パートは何が本当で何が嘘かも怪しい。極論、全て秋本の妄想だったという可能性すらある。

この映画が描きたかったことは何か?その答えを知りたくてパンフレットを購入したが、監督のインタビューはじめ自分の納得できる回答は見当たらなかった。そこで自分が感じたことを述べていきたい。

パンフレット、森直人さんはじめ多くの映画評論が載っていて読み物として面白い。表紙のデザインや装飾も凝ってて良い。

描きたかったのは2人の男との対比と顛末だと思う。秋本の「俺は何も変わっていないけど、周りがどんどん変わっていく」という台詞と、谷口の「動いてないよ。周りが動いているだけだよ」という台詞。2人は一見、正反対のようだが実は似ている人間なのかもしれない。しかし2人が歩む道は全く異なっている。

秋本は真面目過ぎるがゆえに社会に馴染むことができない。同僚からは軽んじられ上司からはパワハラを受けている。観てて辛い場面が多いため、最初は秋本に感情移入して観ていた。彼のフラストレーションが解放される場面も期待していたが、物語はだんだん予想外の方向に転がり出す。

リアルだなと思ったのは、秋本が「良い人」なだけでなはく、それ相応に駄目な部分もある人だということ。それまでの反動もあったのかもしれないが、どのグループでも浮いてしまう姿は可哀想と思う反面、仕方ないという気持ちが入り混じってみていた。

怪しげな団体にハマったからサラ金に借金をしていると思ったら、キャバ嬢につぎ込んでいたのはズッコケたし、ジーナを団体へ連れて行った時の態度も無意識に見下しているのが見え隠れしており嫌悪感すら感じた(悪意がない分、余計タチが悪い)。

ちなみに筆者は秋本のパートを観て、園子温監督の『愛のむきだし』を連想した。真面目な主人公が暴走する、カルト宗教、女装などいくつか共通点があるのだが、監督はこの作品を意識したのだろうか?インタビューや評論などでは見かけなかったが、いつか機会があれば聞いてみたい。

宇野祥平さんと松重豊さん、どちらも存在感が凄かった…

どこにいっても馴染めない秋本は、一見哀れな人物に見えるが、真に哀れなのは谷口のように思える。

谷口は秋本と違い結婚し子供もいる。会社でもそつなく仕事をこなしてるようだし、周囲との関係も悪くない。若い子と浮気するなど器用に社会を渡り歩いてるようにみえるが、家に帰った時の態度は死人のようだ。奥さんには白昼堂々浮気されており、殺した女の亡霊に脅えている。

2人の「自分ではなく周りが変わっていく」という台詞、筆者は実際のところ、変われなかったのは谷口だけだと思っている。

秋本は幸か不幸かは置いといて振り切った結果、どこかに辿り着いたのかもしれない。タイトル通り、夜を駆け抜けたことで、今とは違うどこかへ行ったのかもしれない(この事は佐藤監督のインタビューでも示唆されている)

だが、谷口はどうだろう?ラストの表情が、彼の絶望を物語っている気がしてならない。事件を通して、生活が大きく変化した秋本とこれまでの生活を守ろうとした谷口。谷口は上手く立ち回ったことで平穏な日常を守り抜いたかもしれない。でも、その日常は本当に幸せなのだろうか。筆者には谷口の置かれてる状況こそゆるやかな地獄のようにに思える。

変化球な構成の話に目がいくが映像も印象的だった。車の窓から広がる地方都市の光景、特に心に残ったのは工場前に橋本の死体が置かれて警察がくる場面。シネスコで撮られた映像がダイナミックで「今、映画を観てるんだ」と改めて感じさせられた。

佐藤監督の作品を観るのは、今作が初めてだったが後を引く面白い作品を撮る人だと思った。次作が気になるし評判の良い『教誨師』もチェックしてみたい。

鑑賞したのは7月15日、19:00からの最終上映回。お客さんは20人くらい。
晩御飯は一番軒の黒豚骨ラーメン。焦がしニンニクか効いててこちらも美味。白豚骨を選ぶか黒豚骨を選ぶかは好みの問題。


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