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中国次世代監督による鮮烈なビジュアルノワール『鵞鳥湖の夜』

9月25日に公開された『鵞鳥湖の夜』。『薄氷の殺人』(2015年)でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞したディアオ・イーナン監督の5年ぶりの新作ということで、観る前から楽しみにしていた本作。公開日の9月25日にヒューマントラストシネマ有楽町の19:50の回で鑑賞してきたが、個人的には『薄氷の殺人』よりも好きだったので、ここで感想を交えて作品の紹介をしていきたい。

鵞鳥湖の夜パンフレット (1)

【作品情報:『鵞鳥湖の夜』】

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製作年:2019年 製作国:中国・フランス合作 監督:ディアオ・イーナン

舞台は2012年の中国。チンピラのチョウは、ふとした事から対立組織との争いに巻き込まれてしまい命を狙われてしまう。逃走中に敵と見誤って、警官を射殺してしまったチョウは全国に指名手配されてしまう。逃亡を図りながら、別れた妻と会おうとするチョウの前に、謎の女アイアイがあらわれる。警察とチョウの報奨金を狙う対立組織に追われながら、チョウの行くあてのない逃亡がはじまる…

【艶やかで鮮烈なビジュアルと演出に魅力される】

本作で最も特徴的といえるのは、その映像の美しさだろう。ディアオ・イーナン監督は、前作『薄氷の殺人』でも、中国の地方都市をまるで異世界のように、幻想的で美しく撮っていたため、今作でもビジュアル面には期待していたが正直期待以上。ディアオ・イーナン監督は、前作よりも美的感覚を追求することにしたのだろう。湖に佇むアイアイのカットや、ピンク色がかった部屋などキッメキメの映像なども目を見張る場面が何度もあった。前作でも印象的だったネオン色はより鮮明に、より艶やかで色気を帯びた映像は、間違いなく観る者の目を惹きつけることだろう。

鵞鳥湖の夜①

鵞鳥湖の夜⑥

今作の舞台は、新型コロナウイルスの感染拡大で、ロックダウン(都市封鎖)された事で、世界中で知られることになった中国の武漢。武漢自体が、もともとこのような幻想的な雰囲気の街かとも思ったが、こちらのインタビュー(CINRA.NET様の記事参照)によると、武漢に生まれ育った人でも非日常を見ているみたいと語るくらいだから、やはりディアオ・イーナン監督の手腕によるものであることが伺える。

そして今作は前作以上にユニークな演出が多いのも見どころの一つ。序盤の雨の中の銃撃戦が始まる前のチョウの佇まいと音楽は、まるで歌舞伎の見得を切るかのよう。チョウの妻を追いかけていたアイアイが街中のダンスに自然に参加するのも面白い。(ちなみにそのダンスの場面が公式に公開されてるので気になる方はどうぞ)

前作の『薄氷の殺人』でも、大雪の中の不思議なカメラワークや、ジャンが突然踊り出す場面など、印象的なシーンは多かったが、そういう点でも今作はそれ以上。特に必見なのが傘が出てくるある場面(映画を観た方ならこれだけで分かると思う…!)この場面は思わず拍手を送りたくなるくらい素晴らしかった。どんな場面かは是非とも自身の眼で確かめて欲しい。

【実際の事件をモチーフに映し出される中国社会】

本作は、警察官を殺してしまったチョウの逃亡劇を描いた物語だ。物語自体はとてもシンプルかつオードソックスなノワールといえる。だが、チョウの逃亡劇を通じて、中国社会の様々な側面を伺えるのが本作の面白いところだ。実は、本作にでてくる様々な場面は、こちらの記事(映画.com様より)によると、実際の事件をモチーフにしていること。

鵞鳥湖の夜⑧

冒頭のバイクの窃盗団の集まりなんかは、2012年に中国南部の都市で「泥棒全国代表大会」が開催されたことに由来しているらしい。(正直、泥棒全国代表大会というものが開催されていたことに驚きだが)また、劇中に登場する水浴嬢という風俗嬢もパンフレットによると、1990年代末に中国南方に実在した風俗嬢とのこと。劇中で唐突に動物園が出てくる場面があって「何で?」と思ったが、実在にあった事件と知って納得。こうした実在の事件や文化を通して、中国の地方都市に住む人々の暮らしや生態も映し出されている。主人公たちの逃亡劇だけに留まらない視点に、ディアオ・イーナン監督の懐の広さを感じる事ができる。

【中国の人気俳優フー・ゴー×台湾を代表する女優グイ・ルンメイの共演】

主要キャストにも本作の魅力があると言える。主演のチョウを演じるのは、中国の人気俳優のフー・ゴー。筆者は本作で初めて観たのだが、中国で絶大な人気を誇る俳優とのこと。序盤の乱闘シーンのアクション含め、格好良い。個人的には西島秀俊に似てると思う。

鵞鳥湖の夜③

そしてフー・ゴーと共演するのが、『薄氷の殺人』に引き続き今作でも物語のキーマンとなるアイアイ。今作では水浴嬢という風俗嬢を演じながら、チョウと行動を共にすることになる。『藍色夏恋』(2002年)などで、日本でも高い人気を誇るグイ・ルンメイだけに、彼女目当てで本作を観に行く人も多いだろう。

鵞鳥湖の夜⑦

この2人の共演シーンで特に印象的だったのが後半の2人で食堂に入る場面。2人で麺をすするのだがこの場面が何とも美味しそう。観るとお腹が減ってしまう(笑)

鵞鳥湖の夜⑨

他には、『薄氷の殺人』で主演をつとめたリャオ・ファンが再び刑事として出演してるのも、密かな見どころ。終盤でのグイ・ルンメイとの絡みはニヤリとしてしまう。

【まとめ:どこか懐かしさを感じつつ、これからの中国映画に期待してしまう】

本作を観て筆者が感じたのは「懐かしさ」。全編の雰囲気や街並み、演出など70~80年代の発展途上期だった邦画に通ずるものを感じてしまう。そして、思ったのが、今年観た別の中国映画『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』だ。

こちらも素晴らしい作品だったが、この作品を撮ったビー・ガン監督とディアオ・イーナン監督は中国映画第6世代と呼ばれ、中国の次世代監督として注目されている(ディアオ・イーナン監督自身は第〇世代という呼び方は好きじゃないとのことだが)筆者が思ったのは、中国はこれから映画の黄金期に改めて突入するのではないだろうかということ。中国の映画市場も北米を抜きつつあるし(コロナウイルスの影響で今年抜くんじゃないかと言われている。)国の規模から考えて、それこそ様々な作品が作られる市場ではある。中国映画のこれからに期待すると共に、邦画も負けてられないと改めて感じてしまった。

それにしても、ディアオ・イーナン監督、5年ぶりの新作という事だが、今回の新作は期待以上だった。今後も新作が公開されたら追いかけていきたい監督だ。


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