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【いつかのあの夏と邂逅する】映画『aftersun/アフターサン』感想

『aftersun/アフターサン』という映画が凄いらしい。
「今年ベスト」と絶賛している人やリピートしたという人をSNSで見かける。

洒落しゃれたポスタービジュアルで気になってはいたが、こうした反応に後押しされて観に行くことを決めた。SNSはこういうこそ時ありがたい。

鑑賞したのは6月1日のファーストデイ。
場内は程よく混んでいた。女性の1人客が目立っていたと記憶している。
噂に違わぬ素晴らしい作品だった。

何より観終わった後の余韻が凄い。
後からジワジワきて今また見返したくなっている。

ただ本作を絶賛する一方で、全く合わなかったという感想も見かける。それも分かる。人を選ぶ作品であることは間違いないだろう。

2022年製作/101分/G/アメリカ

ストーリー自体は何てことはない。
普段は別々に暮らしてる父と娘がトルコに数日間のバカンスに行く、それだけ。

旅先で派手な事件が起きるわけでもない。傍から見ればごく一般的な休暇だろう。

トルコのホテル周辺で過ごすだけだが、11歳の娘ソフィが目にするもの、体験する感触がスクリーンを超えて伝わってくる。撮り方が凄く良いのだ。

父カルムと娘ソフィの微笑ましいやり取りや温度感も良い。

自分はトルコに行ったことはないけど、夜のバスから見る景色や、朝の匂い、プールサイドの日差しの熱さだったりと、自分のいつかの記憶とリンクする。

映画を観ながら幼いころの家族との旅行が脳裏に浮かんだ。こうした遠い日の記憶を刺激してくれる作品は貴重だ。

細かな演出にも惹きつけられる。
寝息でリズムをとりながら踊っているのが面白い。
人ではなく物やその反射を通して会話を撮る場面が多いが「監督、エドワード・ヤンが好きそうだな」と思っていたら、本当にエドワード・ヤンから影響を受けているらしくて嬉しくなってしまった。

そして、この映画にはもう一つ特徴がある。
それは余白と謎。

一見、穏やかに見える2人のヴァカンスにはたまに影を差すように感じる瞬間がある。そもそも大人になったソフィの場面からして不穏だ。

「この2人の旅は何か取り返しがつかないことが起こるのではないか」と不安な気持ちを抱えたままスクリーンを見ていた。

実際、カラオケ大会をキッカケに楽しげな雰囲気は不穏な雰囲気へ変わっていく。日が沈み夜が濃くなる中で2人に変化が訪れる。

カルムがナイーヴな人物であることは察せられる。

娘が大人の階段を上がる一方、父の弱さと脆さが露呈する。
映画からは2人の普段の生活やプライベートの様子は分からない。特にカルムは、私生活に関してほとんど語られないため行動には謎が残る。

本作に関する考察記事もいくつか読んだが、カルムの性的思考に言及していたり、現在のソフィとカルムの関係について語っていたりするものが多かった。

ソフィにお金がないと言われてるのに、高いトルコ絨毯を購入してる辺りがカルムの性格の一端を表しているように感じた

自分はこれは「2人で過ごす最後の夏休み」だったのではないだろうかと思う。この後に何かが起き、カルムは現在死んでいるか、気軽には会えない関係になったのではないだろうか。

明確な根拠はないし、ただの推測でしかない。
だけど、ビデオ映像を見ているソフィの表情は神妙過ぎるし、懐かしい思い出を刺激されてるのに、現在のカルムとコンタクトを取ろうとしないのはどこか意味深だ。

色々と想像はできる。10人いれば10通りの解釈があると思う。
ただ、その余白は「正解はこうだよ」というような答え探しを仕掛けてるものでもないように思う。
監督自身、インタビュー内で感じ方は人それぞれという趣旨のことを語っている(監督はむしろ共感をして欲しいとも語っている)。

その余白に対する考察は、むしろその人自身や人間性を映す鏡のようなものかもしれない。

分かるのは、幼かったソフィが当時のカルムと同じ年齢になった今、子供の時には見ることのできなかった父親の姿を知ったということだ。

思い出の中の父親と邂逅するだけじゃなく、当時は見えなかった父親の内面を垣間見たのかもしれない。

一見するといつもと同じ時間。だけど親子の関係性は少しずつ確実に変わる。

それはこの2人だけに限ったことじゃない。自分も含めて誰もが体験すること。だからこんなに人の心を掴んだし、自分の心にも引っ掛かったのかもしれない。

【参考】

シャーロット・ウェルズ監督のインタビュー記事。
余白の多い作品なので、こうした記事は想像を拡げる助けになると思う。

※Esquireの記事

※CINRAの記事

※『aftersun/アフターサン』のパンフレット。コラージュみたいなデザインがお洒落。内容は正直物足りない。

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