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【タノシモ日記 #2】田舎のコミュニティの可能性は無限大

「まちづくりノート」編集部の立花実咲です。

2020年の3月上旬まで、大学生の鈴木ゆりさんがインターンシップのため、移住施策をおこなうタウンプロモーション推進部に1ヶ月勤務していました。

今日は、ゆりさんが下川に滞在中に取材をした、下川町内の方々のインタビューを、お届けします!(以下、執筆はゆりさんです)

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「持続可能な地域」とは何か。

この問いについて、私の大学内ではしばしば討論になります。その問いに対して「人口が増える地域」「経済が回っている地域」といった回答が出てきます。

確かに、人口や経済といった数値で表すことのできるデータは、誰にでもわかりやすく「持続可能な地域」かどうかを示してくれます。

しかし、夏のゼミ合宿で下川町に滞在したとき「持続可能な地域」にとって、数として表せないものこそが大事なのではないかと考えるようになりました。

今回、4人の下川町在住の方にインタビューのご協力をいただき、数値化できない大切なものについて探っていきます。

「田舎には何でもある」の言葉の意味

最初にインタビューしたのは、夫婦で自給自足の生活を目指している小峰博之さんと早智さん。

博之さんは地元の新聞記者であり、馬も飼っています。

幼少期は都会で過ごしていましたが、そこでの生活に違和感を抱き、高校卒業後に下川町に移住しました。

早智さんは帯広市出身。札幌で就職後、結婚を機に下川町に移住してきました。本が好きな早智さんは現在、下川町の図書室で働いています。

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インタビューを始めるとすぐ、小峰さんから驚きの発言が。

「何でもあるのが田舎、何にもないのが都会」。

何でもあるのが田舎……?

頭の中は、ハテナでいっぱいです。

下川町には24時間営業のコンビニはないし、ショッピングモールもないし、私の好きな牛丼チェーン店「松屋」もないし、「むしろ何にもなくないか?」と思いました。

でも小峰さんたちの話を聞いていると、どうやらそういうことではないということがわかってきました。

小峰さん夫妻の食事に使われるのは山菜や木の実、シカ肉など自然にあるものを生かした食材と自家製野菜です。エネルギーは、落ちている枝や末利用材、薪をストーブで燃やし、作り出された熱です。

食もエネルギーも、生活に必要なものは身近に豊富にそろっていると言うのです。

でも、都会の生活だと、食事もエネルギーも、全部お金で買わなければ手に入りません。

だから「何でもあるのが田舎、何にもないのが都会」。

また、小峰さんは「究極の自給自足とは、ただ黙々と野菜を作ったり薪ストーブをたいたりすれば言い訳ではない」と話してくださいました。

「持続可能な社会では、社会的な仕組みや人のつながりも大切です。身近な物を使い、身近な人と助け合ったり、地域で必要としていることを提供しあったり。

高齢の方は、生き方や知恵を教えてくれ、働き世代は地域のために働く。

子どもは社会が育てるというふうに、お互いがお互いに依存し合って生きることで、良い循環が生まれ、持続可能な社会になるのだと思います。これこそ、本当の自給自足なんだと思っています。」

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(小峰さんと北海道在来種の「ドサンコ」のハナちゃん)

確かに、都会は社会的孤独を感じやすいです。都会では第三者が有償で提供するサービスに頼らなければ生きてはいけません。

ほとんどの人にとって、野菜はお金を払って買うものですし、エネルギーも然りです。

都会では、お金に頼らなければ生きてはいけません。

また、小峰さんがお話されていた「頼りあえる社会」も、都会には浸透していないように思います。

どちらかというと、迷惑を掛けないように、頼らないようにしようと一生懸命です。そのため自分が困っていても声をあげず、そして困っている人がいても見て見ぬふりをするのではないでしょうか。

都会での暮らしは、生きていくために必要な、たくさんのお金を手に入れるために、長い時間働き続けます。

私にとっては、それが当たり前すぎて「豊かな生活とは、お金があること」だと思ってきました。

しかし小峰さんご夫妻のお話を聞いて、豊かな生活とは、その価値観だけではないような気がしました。

人のつながりに生かされる

続いてインタビューにご協力してくださった方は、佐藤飛鳥さん。

佐藤さんは現在23歳で、20歳だった2017年に埼玉県から移住してきた方です。

私と近い世代ということもあり、下川町のどういったところに魅力を感じたのか、とても気になりました。

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佐藤さんは、高校卒業後、東京の専門学校で役者を目指していました。けれど進路選択の際、佐藤さんはプロの役者にはならず、一般就職を希望しました。

「自分は何が好きで、何が向いているか考えてみました。もともと動物が好きだったし酪農という分野が合っているかもしれないと思って、せっかく酪農をやるなら北海道だ!と思って参加した移住フェアで、下川の人と出会ったんです」。

移住フェアに参加するまで、下川町のことをまったく知らなかった佐藤さんですが、最終的に移住を決めたのは、下川町に住む人たちの人柄、そしてコミュニティに惹かれたから

実際に移住してきて、佐藤さんが感じた一番大きな違いは、やはり人間関係だったと言います。

「いろんな人に助けられ、暖かさを感じました。都会にいるころは、転んでも誰も声を掛けてはくれないし、助けてもくれなくて、それが当たり前だと思っていました。

でも下川では助けるのが当たり前。自分が当たり前だと思っていたことが当たり前ではないのだと知れました。

それに、下川町ではイベントがたくさんあって、いろんな人とつながれるきっかけがあるんです。」

確かに、私が下川に滞在した1ヶ月間だけでも、イベントの数が本当に多いと感じました。しかも、そのイベントに対して本気にになって作り上げる大人と、その人に対して全力で応援する大人の、どちらもたくさんいるのです。

大人が全力で楽しんでいて、やりたいことを常に持っているように感じました。

佐藤さんも、その1人で、下川町で演劇活動をスタート。

下川に、演劇を観る文化やお芝居をやる楽しさを広めたいという想いがあるそうです。

佐藤さんの話を聞きながら、私は、人とのつながりが生活の充実度に影響しているように感じました。

佐藤さんは仕事が忙しいながらも、今の生活には満足しているそうです。それは、常に楽しむことを忘れず、心のゆとりがあるからだと言います。

インタビューの最後に、佐藤さんは「もし気になっている場所があるなら、ドンと行ったほうが良い。今はインターネットで景色を見ることはできるけど、実際にその地に行ってみないとわからないことはたくさんあります」とアドバイスをくださいました。

私も下川町に来て、自分の描いていた下川町は、いい意味でも悪い意味でも想像と大きく違いました。

実際に行ってみないとわからないことは、たくさんあるのだと私も思います。

自分たちが楽しいと思うことをやる。それがいずれ地域のためになる

最後にインタビューにご協力いただいたのは、矢内啓太さんです。

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矢内さんは、生まれも育ちも下川町。小中高校は地元で過ごし、その後お菓子とパンの専門学校に行くため、札幌に引っ越しました。学校卒業後は札幌で就職し、26歳の時、お店を手伝うため、再び下川町に帰ってきました。

矢内さんは地域活動に非常に積極的な方です。

Uターンで下川に戻ってきてからは、地元の友人とイベントを開催したり、他の方が実施する町内のイベントに積極的に参加したりしているそうです。

イベントの参加の理由は、下川町を盛り上げたい、広めたいとの思いでやってらっしゃるのかと私は思っていました。でも矢内さんのお話を伺うと、必ずしもその思いだけではないことがわかりました。

下川町には巻き込み力のある人がたくさんいるんです。僕はどちらかというと、巻き込まれ力を発揮しているのかも知れません。

例えば町で何かイベントがあったら、Uターンで戻ってきてからは、ただ楽しそうだからというよりも、誰かが何かを作りあげたいという気持ちに協力したいと思って、参加してきました。

町の存続のために動いているなら、それを応援したいという気持ちは、僕だけでなく町内の多くの人が持っていると思います。」

下川町はSDGs(持続可能な開発目標)に特化した町で、移住者も増加傾向にあり、注目が集まる町です。そんな町だから、役場で働く人だけでなく、下川町に住んでいる人みんながSDGsや町おこしを意識して活動していると私は思っていました。

しかし矢内さんのお話を聞いていくと、町のためというよりは「自分達で楽しみたいから」とか「応援したい人たちががんばっているから協力したい」といった動機を持っている方のほうが多いのかもしれません。

4名の方のインタビューを通しての考察

4名のインタビューを終え、見えたものは「コミュニティの無限の可能性」です。

小峰さんご夫婦は、持続可能な生活を目指しています。その生活の中で欠かせないものが、地域のつながりです。

「自立は、依存先を増やすこと」とは、脳性麻痺の障害を持つ医者・熊谷晋一郎さんの言葉です。依存先を作ることは迷惑なことではなく、自分にとっても身近な人にとっても、より暮らしやすくすることなのではないかと私は思います。

佐藤さんは、下川町に来て新しい価値観を発見したと言っていました。下川には、都会の生活にはないコミュニティの広め方があります。その中で、自分の楽しめることの発見や、やりたいことを発揮できる環境というのは、一つの「豊かな人生」と言えるのではないでしょうか。

矢内さんのお話を聞いて思ったことは、イベントを通じて、応援し、応援されるとう好循環ができているということ。

イベントというと、私は企画、運営に目を向けがちだったのですが、応援してくれる人やサポート体制があるから、下川町ではたくさんのイベントが催され、たくさんの人を楽しませることができるのだと思いました。

下川では、お金を使わなくても、楽しめることはたくさんあります。一方、お金さえ払えば手に入る楽しみは、お金がなければ楽しめません。価値のあるものなのか、疑問に感じるようになりました。

都会で長い時間働いて、お金をたくさん稼ぐ生き方もあります。ただ、「豊かな生活=お金があること」というわけでもないですし、成功の道でも、私たちが目指すべき姿でもないかもしれないと、今回の取材を通して考えさせられました。

また「持続可能な地域」とは何かを考えたときに、経済や人工グラフが上昇しているだけでは、持続可能とは言えないような気がしました。

今までの私の依存先は「お金」でした。大学を卒業したら、大手企業に就職して稼ぐことを目標にしていました。

でも下川町に住んでいる方には、たくさんの「人」と「自然」という依存先がありました。

心のゆとりがあり、生き生きとしている方々を見て、こういうところに人が集まり、地域が自然と好循環で回っているのではないかと思います。

私達の人生の選択肢も、まだまだ意外なところにたくさんあるのかもしれません。

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