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“あれから”半年が経った

■2019年の夏、僕たちは失った

あれから半年が経った。
ジャニー喜多川さん永眠の報が届いたのは、2019年7月9日の夜だった。

大好きなジャニーズタレントたちの“父”であり、日本に男性アイドルという文化を作った人。
きっと、どのジャニーズタレントのファンも、大きな柱を失ったような、少なくとも“大事な人の大事な人”がいなくなってしまった哀しみは感じたのではないかと思う。
あれから半年。ここでは、この半年間でジャニーズタレントたちに起きた変化などを書き記しておきたい。

■死をもって強まった“ジャニーズである自覚”

NEWSの小山慶一郎はジャニーさんの死後、ラジオでこうジャニーズタレント全体の変化について語っていた。

「ジャニーさんがお亡くなりになって、もう一度、ジャニーズ事務所で活動させて頂いていることに、それぞれが向き合っている」(TOKYOFM『DearFriends』2019.8.30)

ジャニーさんが亡くなったことで、ジャニーズである自覚を強くする――。
それはきっとジャニーズという文化を残そうという動きにも繋がっていく。
ジャニー喜多川作・演出で進んでいた舞台やHey!Say!JUMPのコンサートの演出の手伝いをするようになった堂本光一や、ジャニーズJr.のグループ・美 少年への楽曲プロデュースを始めた山下智久etc……。
いやきっと、後輩育成というわかりやすい行動にはでなくても、この小山の発言からは、皆がより“ジャニーズという世界”の一員であろうとしたことがわかる。

山下智久は現役のジャニーズタレントたちが、後輩をサポートする流れについてこう語っている。

「やっぱりみんな好きなんじゃないですか、ジャニーズが。これまで何十年もジャニー(喜多川)さんのやり方や作り方を体で感じながら、自分たちでも表現しながらやってきたわけじゃないですか。それを伝えるべき人がいなくなった今、培ってきた人たちが代わりに伝えていくっていうのは、まぁ…必然だよね。僕らはファミリーだから」
(『TVガイドPerson』vol.89)

亀梨和也は、ミュージックステーションにジャニー喜多川追悼企画で出演した際、ジャニーズJr.と一緒に、皆さんおなじみの、という雰囲気でこんな掛け声をしていた。

「せーの、J!!」
(テレビ朝日『ミュージックステーション』2019.7.19)

初耳の掛け声だった。

ジャニーズタレントが、ジャニーさんの死をもって、再びひとつになろうとしている――。
これは、いちジャニヲタとしても喜ばしいことである。

■僕は“ジャニーさん推し”

その傾向が嬉しかったのは、僕が去年の夏に抱いた危機感を解決してくれそうなものでもあったからだ。非常に恐縮ながら、ここで自分の話をさせてほしい。(書籍では自分の話を最小限に抑えてあるのですが、ここでは入れたほうが伝わりやすいと思うので、もしよろしければ読み進めて頂けますと幸いです)

訃報は、僕の4冊目の本になった『ジャニーズは努力が9割』の締め切りまで5日、という日に届いた。最後の本文の修正作業中、あとは『あとがき』だけ書き上げよう、という日の夜だった。
つまり、『ジャニーズは努力が9割』は、そのほとんどが、ジャニーさんが亡くなってから世に出るなんて想像せずに書かれた本である。執筆に10年かけていた本は、何の因果か、ジャニーさんの死後、はじめて出版されるジャニーズ論の本となった。

発売後、インタビューに来てくれたジャニヲタのライターさんが「これは……聖書ですね」と言った。「“ジャニー喜多川というキリスト”の生前の言葉をまとめた聖書です。これから、紀元前・紀元後くらい変わってしまうと思うので」と。

意味合いを持ってしまった“聖書”を出して、まず自覚したのは、一言に「ジャニヲタ」と言っても、その中は驚くほど細分化されていたということだった。

『ジャニーズは努力が9割』では、『はじめに』で男闘呼組・岡本健一さんの話を、第1章でSMAPからSexy Zoneまでのメンバーの努力を、第2章では(執筆当時デビューが決定していなかったが、デビューしてほしいとの願いを込めてジャニーズJr.であるという注釈なしに)SixTONESについてまで触れたくらいなので、僕自身はジャニーズJr.から大御所まで含めて、ジャニーズタレント全体が好きである。
きっかけこそSMAPだが、思春期に影響を受けたのはKinKi Kidsや嵐で、書籍の発売日には美 少年と少年忍者のサマステに、その後も8月はTravis Japanのサマパラに、宇宙Sixメンバーの主演ミュージカルに……と2019年もジャニーズに元気をもらった夏だった。
いうならばジャニーズD.D(DancingDynamiteではなく、誰でも・大好きの意)、ジャニーズ事務所の箱推し、事務所担、強いて言うならジャニー喜多川氏の作り出すタレントと世界が好きなので“ジャニーさん推し”である。

ただ、もはや「ジャニーさん推し」は少数派なのではないか――。
それは、書籍へのネガティブな反応と、発売時の戦略ミスによって気づくことになる。

正直、ジャニーズは、色々な人が色々な思いを持っている、悪い言い方をすれば“地雷がたくさん埋まっている”対象である。書籍の執筆にあたっては、何かで爆発する可能性もあると危惧して、ジャニーズタレントの発言の引用には執拗なまでに出典をつけ、そして自分がファンだからこそわかる、地雷を踏まないような本文にしてきた。ネット上には根拠なき否定が溢れているから、自分が本を編むのなら根拠ある肯定をしよう、と。
それは10年がかかった、まさに“溢した砂をかき集めるような繊細な仕草”(『ORIGINAL COLOR』)だった。それを堂本剛さんなら愛と呼んでくれるかもしれない。

■唯一の否定と戦略ミス

その甲斐あってか『ジャニーズは努力が9割』の発売後の反応は肯定が9割、いや9割9分が肯定だった。ハッシュタグ #ジャニーズは努力が9割  で自分の推しの努力を教えてくれる人までいた。もちろん、エゴサーチなどをしまくってみたが、唯一あったネガティブ反応は新潮社宛に届いた1通の手紙だった。
その読者からの手紙も、最初は書籍のことを褒めてもらっているのだが、後半ヒートアップして、最後の要旨はこんな感じだった。

「なぜ◯◯クンのことを取り上げ、私の推しである●●クンのことについて書いてくれなかったのですか」

そしてその手紙には◯◯クンの素晴らしい点が書き連ねられ、●●クンよりいかに優れているか、という内容が書き連ねられていた。ちなみに2人は、別のグループである。

さらに発売後、ひとつだけ、戦略的にミスったかもしれない、と思ったのは、こんなツイートを発見したときである。
「◯◯クンの部分、ネットで読めたから本買わなくていいや」
今回、そもそもが書籍になる原稿の量があったものをジャニヲタの方以外にも広く触れてもらう意味でcakesに分割して連載し、それで反応を見ながら書籍用に大幅に書き換え、発売時にはプロモーションの意味でWEB媒体6つに、書籍版の本文の一部を転載する形で記事として出してもらった。
“ネットで読んだから書籍を買わない問題”は、この本に限らないかもしれないことかもしれないが、ここまではっきりとした「◯◯クンは好き、他のジャニーズには1ミリも興味ない」反応は想定から外していた。そして「興味がない」どころか、手紙のように、特定のジャニーズタレントは好きだが、他のタレントに嫌悪に近い感情を持つ人もいた。

もちろんWEBでも読んでもらえるのは嬉しいが、本にすることで若いグループのファンにも「私が生まれる前にデビューしたV6ってこんなにすごいんだ……!」みたいに、気づいてもらうことも目的のひとつだったし、
『第1章:努力の16人』は、最初から最後まで全て読み込むことで、単なるジャニーズ本ではなく、自分にあう努力の種類が見つかる自己啓発本として成立させるための16人の並びにしてある。
20代の努力と40代の努力は、方向性と熟成度合いが違うので、そこも加味して本として編んだので、一部読みで満足されてしまうのはいささか残念なところだった。手紙に一応の反論をしておくと、そもそもが、誰かの素晴らしさは誰かと比較することで証明するものではない。相対的な肯定ではなく、絶対的な肯定として『ジャニーズは努力が9割』の本文は書き連ねられている。それを堂本剛さんなら愛と呼んでくれるかもしれない。

■13→100 多様化する“ジャニーズタレント”

とはいえ、この2つのことで、自分が“事務所の箱推し”であり、長くジャニヲタであることを自覚することになった。
僕が明確にジャニーズを好きになったのは25年前だが、たとえば今やジャニーズカウントダウンとして恒例となった、100人以上のジャニーズタレントたちが揃う年越しライブも、1997年は、J-FRIENDS(TOKIO、V6、KinKi Kids)の13人のみだった。
そう、あの頃と比べて、ジャニーズタレントの数も多様性も年齢の幅も増しているのである。21世紀になって活動を休止したグループはSMAPとタッキー&翼のみで、デビュータレント数は事務所史上・過去最大規模だ。
たぶん1997年には、さすがに「TOKIOの大ファンだけどKinKi Kidsは知らない」人はいなかったと思うが、今や10代・20代のジャニーズタレントのファンが、40代・50代のジャニーズタレントのことを知らなくてもおかしくはないのだ。Hey!Say!JUMPのファンの大半はたぶん岡本健一さんのことは「男闘組呼の」というより「岡本圭人のお父さん」という認識のはずだ。

もちろん、これは逆説的であって、僕は25年来の“ジャニーズ事務所の箱推し”だからこそ各論である単発のWEB記事「◯◯(個人名)は努力が9割」ではなく、包括的な書籍としての「ジャニーズは努力が9割」が書けたのだと思う。

たしかにライブに行っても、同じグループであっても個人にしか興味がなさそうにしてる人もいるし、ジャニーズJr.のユニット・少年忍者が歌っているのが80年代に活躍していた忍者のものであることに気づいていない10代もいると思うし(別にそれでいいと思うし、むしろ意識させないくらい後世に残る楽曲があるのがジャニーズのすごさだ)、ネット上には特定の人のファンすぎて、別グループや、ときに同じグループの別メンバーをディスる声もあったりする。

というか、気づいていなかったわけではない。僕自身がジャニーズ全体を愛しすぎていて、そこから無意識に目を背けてきただけかもしれない。ジャニーズファンみんなが、ジャニーズ全体が好きなはずだ、と盲目的に信じ込んでしまっていたのかもしれない。
でもやっぱり僕は堂本剛さんのこの言葉を信じてついていきたい。

「平和が好き。比べないところで人や自分の価値を見出したい。(中略)今すぐではないかもしれないけど、世の中が変わるときがきっとくるんじゃないかな。人と比べず、それを尊重する未来が。ジャニーさんも平和をいちばん望んでいた気が僕はするから」
(『BAILA』2020年1月号)

■ジャニー喜多川へのラブレター


ジャニーさんは、自分の子どものようにタレントたちと接していたという。このコは好きだけど、このコは嫌い、はジャニーさんが悲しむ気がする。ジャニーズ全体への愛は、ジャニーさんへの愛である。だから、これからも堂々と事務所の箱推し、ジャニーズD.Dをやっていこうと思う。

僕自身が、オーディションでジャニーさんに落とされている身でありながら、その推し具合は変わらなかった、いや増していくばかりだったのだから、きっとこれからも変わらない。

10年かかって1冊分になってしまったラブレターは、ジャニーさんに、届いているだろうか。

そして最後に、10年かけて大きな1冊のラブレターを書いていたら、思いもよらないところから15年前の自分に届けたくなるようなレビューを発見してしまったので、引用して終わりにしたい。

ジャニーさんに向けて空に投げた愛は、地上のどこかで誰かに届いて、反射して僕のもとに返ってきたみたいだ。

それにしても巻末に小さな文字で綴られた13ページにも及ぶ参考文献の一覧をみてもわかるように、著者のジャニーズ愛は半端ない。
もし彼が15年前のオーディションに受かり、ジャニーズのアイドルとして今頃第一線で活躍していたら、この本が世に出ることはなかっただろう。
ジャニー喜多川さんはそこまで見抜いて彼をあの時ジャニーズに入れなかったのだろうか。
どちらにせよ、ジャニーズを愛し、ジャニーズを徹底的に調べ上げ、10年余りの時間をかけ、弛まぬ努力のもとにこの本を私たち読者のもとに届けてくれた筆者はもはや、ジャニーズの一員といってよいのではないだろうか。


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