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締め切り #010 山を歩きながら / 高橋みさと

山を歩いているとき、体は山にいても頭は別のことを考えている。上の空で歩いていると転びやすくなるような気がするけれど、そんなこともない。よっぽど急な登りや岩だらけの悪路を歩くとき以外は、足元に注意を払う頭と別のことを考える頭が同居している。

山歩きも午後にさしかかると、最近はもっぱら夕食のことを考えている。ふもとまでの道のりを歩きながら、頭はいつのまにか台所に立っている。
まずは残っている食材を確認する。塩麹漬けにした胸肉とごぼうが余っていた、冷凍庫がいっぱいだから、ひじきとにんじんを解凍して煮よう、などと3品ほどイメージしていく。

次は手順を想像する。野菜を切るのは楽しい。特にれんこんは格別で、包丁を入れるときのしゃく、しゃくという音がたまらない。繊維と平行に包丁を入れて、途中で包丁を倒すとパキッと割れる、その感触もなんともいえず好きだ。

楽しいといえば千切りもやめられない。なるべく同じ太さになるように、ザクザクと切っていく。よく作るのはにんじんのしりしり。卵を入れたり、ツナを入れたり。ニンニクだけで仕上げるのもおいしい。なにより山のような千切りを作れるのがよい。手元に集中しながら千切りを作ると、気分がスッキリする。こんな楽しい作業は千切り専用アイテムには譲りたくない。

早めに使い切りたい食材があったりすると、その使い道を想像しはじめる。野菜はメイン食材にならず、大量消費がなかなか難しい。キャベツや白菜、大根やもやしはなんとかレシピをストックしているけれども、最近はネギの使い道に頭を悩ませている。薄く切ってネギチヂミ、豚肉を外側に巻いて焼く、など試してみたが、どれも一本使い切れればよいほうで、3人家族ではなかなか減らない。そこで歩きながらクックパッドを検索する。ぶつ切りにして少し炙り、スープで煮ると中身がとろっとしておいしいらしい。これかな。これでいいや。

ご飯作りを考えながらふもとにたどり着くと、大抵お腹が空いていて、車でなければ一杯飲んで帰りたいと妄想しはじめる。
山歩きのあとに食べたくなるのは焼き鳥、そしてビール。地元の日本酒も捨てがたい。焼き鳥は塩がよくて、それも塩加減がきついほうがおいしく感じる。体から汗となって塩分が排出されているからかもしれない。2、3串頼んで、一本ずつ串からはずしてゆっくりいただく。6、7時間歩きつづけたあとだから、そんなにお腹に入らない。肉と油、塩味をいつもよりゆっくり噛みしめて、お酒をすこし口に含むのを繰り返す。

下山した先に店があるとは限らない。多くは乗客がほとんどいない小さな駅がポツンとあるだけで、周りは閑散としている。だから焼き鳥とお酒にありつけたときは、思わず「うまー」と声が出る。心の底から湧き出た本音のなかの本音、真の本音で、山に行くのはこの「うまー」をいいたいのが半分くらいかもしれないと思っている。

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