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締め切り#004 アッバス・キアロスタミ 『そして人生はつづく』 / 池上幸恵

映画館で映画を見終わると、「拍手が起こらない」ことに、ささやかな違和感、違和感というかさみしさのようなものを感じることがある。拍手が起こってほしいと思っているわけではないけど、舞台だったら拍手が起きるのに映画だと起こらない。授賞式とかの時には起こるかもしれない。そこに本人がいるかどうかの違いだろうか。届かない拍手は打たれない。届くべき「本人」は誰だろうか。監督やスタッフ、俳優? わたしはできることなら、スクリーンの中で生きる姿を見せてくれたあなた全部に向けて拍手をしたい。役名でもなく俳優でもなく、スクリーンの中たしかにそこにいたあなたと、その先もずっと続くあなたの人生、そこに届く拍手がしたい。

近所の映画館「上田映劇」で、イランの映画監督アッバス・キアロスタミの特集上映「そして、キアロスタミは続く」がやっていたので、3日通いつめて6本観た。きちんと作品の製作順に上映をしてくれたので

1日目
・トラベラー
・友だちのうちはどこ?
2日目
・そして人生はつづく
・オリーブの林を抜けて
3日目
・桜桃の味
・風が吹くまま

の順番で観ることができた。『友だちのうちはどこ?』『そして人生はつづく』『オリーブの林を抜けて』は「ジグザク道三部作」と呼ばれていて、登場人物や撮影場所がちょっとずつ繋がっている。

『友だちのうちはどこ?』撮影後にイランでは大きな地震があって、映画に出演した人たちの安否確認のために撮影場所だったコケール村に向かう・・という実際にキアロスタミ監督がとった行動をもとに作られた映画が『そして人生はつづく』で、映画の中の人物は役名を与えられた「キャラクター」として登場するものの、それを演じているのは、もともと撮影場所の村に住んでいた人たちだったりするので「キャラクター」と「本人」の境界はとてもあいまいで、『そして人生はつづく』の中に出てくる人物、ルヒはこんなことを明かしてしまったりする。

「本当は、この家も私の家ではないんだ。この映画の中の家で、映画の人たちがここを私の家だと決めた。本当の私の家は地震で壊れてしまって、今はテントで生活している」

わたしはもうこのセリフで感動してたまらなくなって、

『友だちのうちはどこ?』のルヒ、
を演じた男性、
を演じる『そして人生はつづく』のルヒ、
を演じる男性、

というふうに、一気にスクリーンが何重にも膨らんで、現実にせまってきたことに驚いて感動してこのあたりから泣き始めた。こんなことができるんだ映画は、こんなふうに、本人の人生と一緒に演じたキャラクターが重なり合って、多重露光みたいになって、同時に存在していることを見せられるんだ映画は、と思って、ほんとうにたまらなかった。

『友だちのうちはどこ?』の主人公ネマツァデを演じたアハマドプールくんを探しまわっても見つからず、「さっきここを通ったよ」と言われて追いかけるも別人だったりして、最後にそれらしい人物を見つけ、慌てて車に乗り込みジグザグ道を駆け上がる・・・というのが『そして人生は続く』のラストシーン。

イランの地震では3万人以上のひとが死んでしまったんだという。

アハマドプールくんの安否は明かされないまま、明るい予感を感じさせて映画は終わる。

アハマドプールくんの生死はこの映画の中ではどっちつかずの状態で終わる。(かぎりなく、生きている予感を感じさせた状態で終わる)どういうふうに受け取るかは観たひと次第で、わたしは、アハマドプールくんは死んでしまっているのかもしれない、と思った。でもそれと同時に、この映画の中で死んでいることになっていないのだから、現実がどうであっても、アハマドプールくんは生きている、とも思った。この映画の中で生きているのなら、アハマドプールくんと彼が演じたネマツァデは、多重露光のようになって、映画と現実と両方で生きているのと同じことだと思った。

わたしは自分がそう思っていることに気がついて、映画のエンドロールが終わっても、映画館のあかりが次第に顔が見えるくらい明るくなっていっても、立ち上がることができなかった。それどころか、両手で顔を覆っておいおい泣き出した。入り口の遮光カーテンを、原さんがシャッと勢いよく開ける音がした。映画を観終わった人たちが、ロビーで話す声が聞こえる。現実の音がしている。

映画はこんなことができるんだ、役名でもなく本人でもなくどちらでもある「あなた」が存在できること。わたしは涙と鼻水で湿ったままの両手をグーにぎゅっとにぎって、映画のラストシーンの、アハマドプールくんの背中に、こころのなかで盛大な拍手をする。
届け、届け、届かなくても。


池上幸恵 ikegami sachie
長野県生まれ、長野県在住。365出版所属。
無職になってからの2年間くらいの日記を読んだ365出版編集長が、自宅のプリンターで印刷してホチキス止めして『さちえの日記』を出版、サイン会、握手会、日記の朗読をするという辱めに会う。
https://note.com/365shuppan/


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